一年有半(読み)いちねんゆうはん

日本大百科全書(ニッポニカ)「一年有半」の解説

一年有半
いちねんゆうはん

明治初期から中期にかけて思想家、言論人として活躍した中江兆民(ちょうみん)の評論集。門弟幸徳秋水(こうとくしゅうすい)が編集し、1901年(明治34)9月「生前の遺稿」と副題し、博文館より刊行された。同年3月、(がん)のため余命1年半と宣告されて書き始めたもので、書名はこれに由来する。「民権是(こ)れ至理也、自由平等是れ大義也」の理義を堅持して帝国主義や明治国家体制を断罪するなど、政治、経済から思想、文学、科学、人物論に至るまで、社会百般にわたっての透徹した批判は文明批評家兆民の面目躍如たるものがある。また随所に、進行する病状が淡々とした致で誌(しる)されており、「癌との闘いの記録」ともなっている。その病苦との闘いのなかで亡国と国民堕落の状を「国に哲学無き」ことによると喝破した兆民は、引き続き『続一年有半』を執筆、同年10月に刊行したが、「ナカヱニスムス」と自称した壮大な思想哲学大系の完成を後進に託しながら、12月に衰弱のため死去した。解剖の結果は食道癌であった。

[和田 守]

『中江篤介・嘉治隆一編・校『一年有半・続一年有半』(岩波文庫)』『松永昌三著『中江兆民の思想』(1970・青木書店)』

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百科事典マイペディア「一年有半」の解説

一年有半【いちねんゆうはん】

中江兆民の評論随想集。1901年刊。喉頭癌(こうとうがん)で余命1年半と宣告された著者が生前の遺稿としてまとめたもの。広く政治,経済,社会,文化,芸術にわたって啓蒙的・辛辣(しんらつ)な批評の目が配られている。《続一年有半》も引き続き同年中に刊行。

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精選版 日本国語大辞典「一年有半」の解説

いちねんゆうはん イチネンイウハン【一年有半】

随想、評論集。中江兆民著。明治三四年(一九〇一)博文館刊。癌と診断され、余命は一年半といわれ遺稿として執筆した。政治、経済、社会、哲学、科学、文学、演劇等に及ぶ文明批評。続編に「続一年有半」がある。

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世界大百科事典 第2版「一年有半」の解説

いちねんゆうはん【一年有半】

1901年9月発行の中江兆民遺著。彼は同年4月借金返済のため奔走中,大阪で発病し,食道癌により余命1年有半の〈死刑の宣告〉を受け,実業家に転身してから執ることもまれとなっていた筆を執り,残されたわずかな日々の生活と想いを綴ったのが本書である。内容は日本の政治・社会から文化・芸術・人物論に至るまで多岐にわたる。明治日本にたいする罵倒ばとう)の筆は厳しく,他方,義太夫浄瑠璃名人芸を堪能する至上の喜びを語る。

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