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三宅正一 みやけ しょういち

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

三宅正一 みやけ-しょういち

1900-1982 大正-昭和時代の農民運動家,政治家。
明治33年10月30日生まれ。日本農民組合(日農)新潟県連の結成に尽力。以後同県に定住し,木崎村小作争議を指導した。日農分裂で全日本農民組合に参加。昭和11年社会大衆党より衆議院議員となり,戦後は社会党に所属(当選15回)。党副委員長,衆議院副議長をつとめた。昭和57年5月23日死去。81歳。岐阜県出身。早大卒。自伝に「幾山河を越えて」。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

三宅正一
みやけしょういち
(1900―1982)

農民運動家、政治家。岐阜県生まれ。早稲田(わせだ)大学在学中、建設者同盟、日農関東同盟に参加。卒業後、新潟で県連合会を結成、1926年(大正15)木崎村(きざきむら)小作争議、王番田(おうばでん)争議などを指導した。この間、地主の娘である渋谷信子と結婚、赤いロマンスとして喧伝(けんでん)される。政治的には日本労農党系に属し、1936年(昭和11)総選挙から1942年翼賛選挙(非推薦)まで当選3回。第二次世界大戦後、日本社会党結成に参加し副委員長など歴任、また1949年(昭和24)から1980年の引退まで通算11期衆議院当選、1976年(昭和51)から副議長を務めた。昭和57年5月23日死去。著書に『幾山河を越えて』(1966)、『激動期の日本社会運動史』(1973)がある。[荒川章二]
『『私の履歴書 第43集』(1971・日本経済新聞社) ▽三宅正一先生を偲ぶ刊行会編・刊『農魂』(1982) ▽三宅正一追悼刊行会著・刊『三宅正一の生涯』(1983) ▽飯田洋著『農民運動家としての三宅正一――その思想と行動』(2006・新風舎)』

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世界大百科事典内の三宅正一の言及

【木崎村小作争議】より

…農民組合長佐藤三代松が責任を痛感して自刃したため,立入禁止は一時解除されたが,真島らはこの解除と前後して耕作禁止・土地返還・小作料請求の訴訟をおこした。農民側は,三宅正一,賀川豊彦らの講師を招き啓蒙活動をおこなうなどして組織を拡充強化したが,26年4月には地主側の勝訴となる。これに対し,立入禁止の仮執行停止を求める農民側の申請が許可されるが,その数時間前の5月5日夜,執達吏・警察・地主による立入禁止が強制執行され,警察は農民側を激しく弾圧して佐藤佐藤治ら数十名を検束した。…

【全農】より

…この年,全農は大衆行動をいっさい休止して挙国一致に協力する方針を打ち出し,戦争協力を表明した。そして翌38年2月には,全農から大日本農民組合(杉山元治郎,三宅正一ら)が分裂し,また稲村隆一,長尾有らが東方会支持の日本農民連盟を結成したため,全農はここに解体した。
[第2期]
 第2次大戦後に結成された農民組合の全国組織。…

※「三宅正一」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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