三韓(読み)サンカン

デジタル大辞泉 「三韓」の意味・読み・例文・類語

さん‐かん【三韓】

古代朝鮮の南半部にあった韓族馬韓辰韓弁韓のこと。
新羅しらぎ百済くだら高句麗こうくりのこと。

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精選版 日本国語大辞典 「三韓」の意味・読み・例文・類語

さん‐かん【三韓】

  1. [ 一 ] 古く朝鮮南部に居住した韓族の三つの部。馬韓(ばかん)・辰韓(しんかん)・弁韓(べんかん)。〔後漢書東夷伝
  2. [ 二 ] 朝鮮古代の三つの国。高麗(こま)高句麗(こうくり))、百済(くだら)新羅(しらぎ)。みつのからくに。
    1. [初出の実例]「臣が兄武内常に天下をのぞむ心あり。今つくしに有りて三韓をまねぎ集ひて、ひそかに謀叛をくはだつと」(出典:十訓抄(1252)六)

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改訂新版 世界大百科事典 「三韓」の意味・わかりやすい解説

三韓 (さんかん)

古代朝鮮半島の南部に割拠した韓族の総称。転じて朝鮮民族一般をさすばあいにも用いる。古代朝鮮の北西部にはいわゆる衛氏朝鮮と称する国家が存在したが,前2世紀の末ころ漢の武帝によって征服され郡県支配の中に編入された。これに反し半島南部の方面にはその統制も十分に行きわたらず,この地域の韓族は各地に分裂割拠し,その首長長帥)たちは臣智とか邑借と自称し,また楽浪,帯方の太守を介して帰義侯とか中郎将などという中国式の官名をうけ一種の間接支配下にあったようである。《三国志》魏志の東夷伝はこれら韓族について,最も古くかつ詳細な記録であるが,それによると彼らは3種に分かれ,東方に馬韓50余国,西方辰韓12国,辰韓に雑居して弁辰弁韓ないし弁辰韓ともいう)12国があったというが,これらの国の実体も国数もきわめてあいまいである。《三国志》魏志東夷伝の記述ではこれら3種を統合する最高権力者の君王ともいうべきものは存在せず,各部族は雑居しており,とくに弁辰(弁韓)と辰韓の区別は不明である。また3種と表記しているが,この3種も言語とか習俗とか明確な基準によった分類ではない。なお,《後漢書》では三韓の中で馬韓が最大であり,その王,辰王は三韓全体の統治者のように記されているが,《三国志》では弁・辰韓合わせて24国,その12国のみが辰王に属した,となっている。しかし,その辰王なる存在についても諸文献の記載はすこぶる不明確でその研究は今後の課題である。
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百科事典マイペディア 「三韓」の意味・わかりやすい解説

三韓【さんかん】

古代の南朝鮮の称。馬韓(ばかん),辰韓(しんかん),弁韓(べんかん)(弁辰)の総称で,《三国志》魏志東夷列伝に記されている。3世紀まで群小国の分立状態が続いたが,4世紀には百済(くだら)が馬韓を,新羅(しらぎ)が辰韓を統一した。弁韓には倭(日本)が進出して任那(みまな)が成立したとされてきたが,倭の任那支配には疑問が多く,近年ではこの地方は一般に加羅(から)と呼ばれる。百済,新羅および高句麗(こうくり)をあわせて〈後三韓〉と呼ぶこともあり,その時代を三国時代という。
→関連項目神功皇后朝鮮朝鮮人

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「三韓」の意味・わかりやすい解説

三韓
さんかん
Sam-Han

古代朝鮮半島南部に拠った朝鮮民族の呼称。朝鮮民族について最も古くかつ詳細に伝えた『三国志』魏志東夷伝によれば,3世紀後半頃朝鮮半島南部は,馬韓五十余国,辰韓弁辰 (弁韓) がそれぞれ 12国から成り,三韓を統一する強大な国王はなく,部族乱立の状態であったとされている。情勢の変化を受けて三韓が統一の機運を示すのは4世紀に入ってからであり,馬韓の地から百済が,辰韓の地から新羅が独立する。なお「三韓」は後世朝鮮の別称ともなった。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「三韓」の意味・わかりやすい解説

三韓
さんかん

古代朝鮮の半島南部に住んだ韓族の総称。3世紀中ごろには、馬韓(ばかん)(50余国)、辰(しん)韓(12国)、弁辰(べんしん)(12国、弁韓ともいう)に分かれ、それぞれが小国の連合体をなしていた。4世紀に入り、朝鮮北部の楽浪(らくろう)、帯方(たいほう)郡の滅亡を契機に、三韓諸国は統合に向かい、馬韓の地は伯済(はくさい)国を中核に百済(くだら)を建て、辰韓は斯盧(しろ)国によって統合され新羅(しらぎ)となった。しかし弁辰の地は加羅(から)諸国とよばれ、小国の分立状態が続いた。なお「三韓」は後世、朝鮮の代名詞としても用いられた。

[李 成 市]

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「三韓」の解説

三韓(さんかん)

古代朝鮮半島の南半部にあった馬韓(ばかん)辰韓(しんかん)弁韓(べんかん)(弁辰)に住む韓族の総称。これら韓族は農耕を主とする生活を営み,統一なく,楽浪郡帯方郡の間接的支配を受けていた。統一への動きが活発化するのは4世紀以降である。

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「三韓」の解説

三韓
さんかん

古代,朝鮮半島南部の3種の韓族の総称。「魏志」韓伝によれば,韓族は馬韓(ばかん)50余国,辰韓(しんかん)12国,弁韓(べんかん)12国にわかれていた。4世紀に入って,馬韓では伯済(はくさい)国を中心に百済(くだら)が,辰韓では斯盧(しろ)国を主体に新羅(しらぎ)が成立したが,弁韓は小国分立のままであった。なお「日本書紀」は高句麗・百済・新羅3国を三韓とするが,これは朝鮮諸国に対する観念的な優位を示すための造語で,三韓に固有の意味はない。

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旺文社世界史事典 三訂版 「三韓」の解説

三韓
さんかん

3世紀ごろ朝鮮半島の南半部に分立していた馬韓 (ばかん) ・辰韓 (しんかん) ・弁韓 (べんかん) (弁辰)の総称
のち朝鮮の総称にもなった。3世紀ごろの『三国志』「魏志韓伝 (ぎしかんでん) 」によると,それぞれ54・12・12国からなるとされるが実体はあいまいである。また,これらを統合する最高権力者は存在せず,氏族制にもとづく部族集団が雑居していたと考えられる。

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旺文社日本史事典 三訂版 「三韓」の解説

三韓
さんかん

古代,朝鮮南部に分立した三つの部族国家群,馬韓・辰韓 (しんかん) ・弁韓をいう
いずれも小部族国家に分かれていたが,4世紀ころより馬韓は百済 (くだら) ,辰韓は新羅 (しらぎ) によって統一された。弁韓は分立状態のまま任那 (みまな) となり,新羅の圧迫に対して日本に援助を求め日本の支配下に入ったといわれる。しかし,これについては批判する説も出されている。

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とっさの日本語便利帳 「三韓」の解説

三韓

▽(1)馬韓、辰韓、弁韓 (2)新羅(しらぎ)、百済(くだら)、高句麗

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