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上野三碑 こうずけさんぴ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

上野三碑
こうずけさんぴ

群馬県中南部,高崎市にある山ノ上碑,多胡碑,金井沢碑の総称。山ノ上碑は山名村碑ともいい,高崎市山名町にあり,高さ約 1.1mの河原石で,天武10(681)年の建碑とされている。一種の墓標である。

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デジタル大辞泉の解説

こうずけ‐さんぴ〔かうづけ‐〕【上野三碑】

群馬県にある奈良時代の碑、山ノ上碑・金井沢碑・多胡碑をいう。

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百科事典マイペディアの解説

上野三碑【こうずけさんぴ】

群馬県にある古代の高さ1m余りの三つの石碑。多野郡吉井町(現・高崎市)池にある多胡碑(たごのひ)には和銅4年(711年)上野国の片岡,緑野(みどの),甘良(かんら)3郡の300戸をもって多胡郡としたとある。
→関連項目上野国多胡碑吉井[町]

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世界大百科事典 第2版の解説

こうずけさんぴ【上野三碑】

群馬県内に遺存する古代の碑である山ノ上碑(681建立。高崎市山名町),多胡(たご)碑(711建立。多野郡吉井町池),金井沢(かないざわ)碑(726建立。高崎市山名町)の総称。これらはいずれも旧多胡郡内の近接した場所にあり,特別史跡に指定されている。山ノ上碑,金井沢碑は安山岩自然石で地方豪族の仏教の受容と信仰の形態とが書かれ,多胡碑は砂岩を柱状に整えて笠石を載せたもので多胡郡建郡の事情を記す。碑文は正史の欠を補う,地方豪族の系譜を探る,古代寺院址との関連などで追究されるべき内容をもち,その史料的価値は高い。

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大辞林 第三版の解説

こうずけさんぴ【上野三碑】

群馬県にある奈良時代の三石碑。山上碑・多胡碑・金井沢碑をさす。国の特別史跡。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

上野三碑
こうずけさんぴ

群馬県(旧上野国)にある山ノ上碑(やまのうえのひ)、多胡碑(たごのひ)、金井沢碑(かないざわのひ)の三碑をいう。山ノ上碑(高崎市山名町字山神谷(さんじんだに))は、放光寺の長利という僧が母の黒売刀自(くろめとじ)のため辛巳(かのとみ)歳(推定681年)に建てた石碑で、隣接する山ノ上古墳の墓碑と推定される。日本の古墳のなかで、被葬者、造墓者と年代のわかる希有(けう)の例として著名であり、建立者が仏教の僧侶(そうりょ)、対象が前代からの古墳、碑文は漢字により表現された儒教思想に基づく墓誌というように、諸文化の融合の所産として注目される。多胡碑(高崎市吉井町池)は和銅(わどう)4年(711)上野国甘楽(かんら)郡の織裳(おりも)、韓級(からしな)、矢田(やた)、大家(おおやけ)と緑野(みどの)郡の武美(たけよし)、片岡郡の山等(やまな)などの6郷300戸を割いて新たに多胡郡を建郡したときの記念碑である。銘文中の「郡成給羊」は長く解釈しにくい語とされていたが、尾崎喜左雄(きさお)は、「羊」が正倉院文書の戸籍に多くみられることや、上野国分寺址(し)などに「羊」「羊子三」などのへら書きの文字瓦(かわら)があることから、これを渡来人の人名であろうとし、「羊に給して多胡郡を成す」と解釈した。金井沢碑(高崎市山名町字金井沢)は神亀(じんき)3年(726)下賛(しもさぬ)(佐野)の三家(屯倉)(みやけ)の一族が仏教に入信したときの記念碑である。
 7世紀後半から8世紀にかけての石碑は全国で7基存するが、そのうちの3基が群馬県南西部に集中して存在することは注目すべきことである。文献史料の乏しいこの地域の様相、ことに仏教の浸透の状況や朝鮮からの渡来人による建郡という政治、宗教、社会などの一断面を具体的に明らかにする貴重な資料といえよう。ともに国の特別史跡に指定されている。[久保哲三]

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