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多胡碑

朝日新聞掲載「キーワード」の解説

多胡碑

和銅4(711)年に多胡郡が設置された記念に建てられた石碑。新郡が成立した経緯が刻まれている。1921年に国史跡、54年に国特別史跡に指定された。多胡碑記念館は96年に開館した。

(2006-11-05 朝日新聞 朝刊 群馬県央 1地方)

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世界大百科事典 第2版の解説

たごひ【多胡碑】

上野(こうずけ)三碑の一つ。711年(和銅4)の上野国多胡郡の新設を記した碑で,群馬県多野郡吉井町大字池字御門に所在する。牛臥(うしぶせ)山産出の砂岩を高さ126cm,幅60cmの柱状に切り出して造り,その上に中央を高くした一辺90cmの正方形をした笠石をのせる。碑文は6行80字が楷書体で鐫刻(せんこく)されており,《続日本紀》和銅4年3月辛亥(6日)条の〈上野国甘良郡織裳(おりも)・韓級(からしな)・矢田・大家,緑野郡武美,片岡郡山等の六郷をさきて別に多胡郡を置く〉に対応する内容をもつ。

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大辞林 第三版の解説

たごひ【多胡碑】

群馬県高崎市吉井町にある碑。711年の上野こうずけ国多胡郡の新設を記す。金井沢碑・山上碑とともに上野三碑の一。また、日本三古碑の一。

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国指定史跡ガイドの解説

たごひ【多胡碑】


群馬県高崎市吉井町にある古碑。鏑(かぶら)川の右岸近くの旧稲荷神社の境内にある。政治・軍事に深く関係する遺跡で、8世紀初頭のものとしては稀有なことなどから1921年(大正10)に国の史跡に指定。このあたりは御門(みかど)と呼ばれており、西側には大宮神社があることから、多胡郡庁があったと推定される。この碑は金井沢(かないざわ)碑、山上碑と並ぶ「上野(こうずけ)三碑」の一つであり、日本三古碑の一つにも数えられる。高さ126cm、幅60cmの方柱形の碑身に、幅90cm、高さ27cmの笠石(かさいし)を載せたもので、漢文体の碑文中に、711年(和銅4)3月に片岡(かたおか)・緑野(みどの)・甘良(かんら)(甘楽)の3郡のうち300戸をもって多胡郡としたことが記されていることから「多胡建郡碑」とも呼ばれ、1954年(昭和29)に特別史跡に指定された。上信電鉄吉井駅から徒歩約20分。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

多胡碑
たごのひ

群馬県高崎市吉井町池に所在する石碑。金井沢(かないざわ)碑、山ノ上碑と並ぶ上野(こうずけ)三碑の一つで、日本三古碑の一つにも数えられる。高さ126センチメートル、幅60センチメートルの方柱形の碑身に、幅90センチメートル、高さ27センチメートルの笠石(かさいし)をのせたもので、漢文体の碑文中に、和銅(わどう)4年(711)3月に片岡(かたおか)・緑野(みどの)・甘良(かんら)三郡のうち300戸をもって多胡郡としたことが記されていることから多胡建郡碑ともよばれ、特別史跡に指定されている。近世に狩谷(かりやえきさい)、伴信友(ばんのぶとも)らによる紹介・研究が行われ、近代では黒板勝美、尾崎喜左雄(きさお)らによって碑文の解読や考古学的調査が進められた。尾崎は文中の「羊」を新羅(しらぎ)系の渡来人の名とし、石碑はこの人物の建造になるものと考え、また碑の設計には唐尺を用い、碑身高が笠石幅の1.4倍であることから、碑身高を笠石幅のとしたことを推定した。[久保哲三]
『尾崎喜左雄著『上野三碑の研究』(1980・尾崎先生著書刊行会)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典内の多胡碑の言及

【吉井[町]】より

…南部を上信越自動車道が走り,吉井インターチェンジがある。鏑川南岸にある711年(和銅4)建立の多胡碑は,上野(こうずけ)碑の一つで国の特別史跡に指定されている。【千葉 立也】。…

※「多胡碑」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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