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中和院 ちゅうかいん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

中和院
ちゅうかいん

中院ともいう。平安京大内裏殿舎の一つ。内裏の南西隅,朝堂院 (→八省院 ) の北に位置し,天皇が新嘗 (にいなめ) 祭,神今食 (かんいまけ) などの祭式を行なったところ。その正殿神嘉殿という。

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デジタル大辞泉の解説

ちゅうか‐いん〔チユウクワヰン〕【中和院】

平安京大内裏の殿舎の一。朝堂院の北、内裏の西にあり、天皇が天神・地祇(ちぎ)を親祭し、また、新嘗祭(しんじょうさい)神今食(じんこんじき)を行う所。正殿を神嘉(しんか)殿という。中院ちゅうわいん。

ちゅうわ‐いん〔‐ヰン〕【中和院】

ちゅうかいん(中和院)

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世界大百科事典 第2版の解説

ちゅうかいん【中和院】

〈ちゅうわいん〉とも読む。平安宮内裏の西にある一区画。中院ともよばれていた。中院の初見は804年(延暦23)8月(《日本後紀》),中和院は831年(天長8)8月(《類聚国史》)で,両者併用されていたらしい。《貞観儀式》では神今食(じんこんじき)院とよばれ,《西宮記》では斎院ともよばれていた。天皇が神をまつる場所であり神今食や新嘗祭などにもつかわれた。四面に垣をめぐらし,その中に中殿ないし中院正庁とよばれた神嘉殿の一区画をもっていた。

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大辞林 第三版の解説

ちゅうかいん【中和院】

平安京大内裏の殿舎の一。朝堂院の北にあった建物。天皇が天神地祇ちぎをまつる所。新嘗祭しんじようさい・神今食じんこんじきの式などが行われた。その正殿を神嘉殿しんかでんという。中院。ちゅうわいん。 → 大内裏

ちゅうわいん【中和院】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

中和院
ちゅうかいん

「ちゅうわいん」とも読む。平安宮大内裏(だいだいり)の院の名。中院(ちゅういん)ともいう。朝堂(ちょうどう)院の北に40丈(約121メートル)四方の地を占める。新嘗祭(にいなめさい)や神今食(じんこんじき)などの儀式のときには、正殿の神嘉殿(しんかでん)で天皇が神と親しく食事をする神事が行われた。神嘉殿は東西七間、南北二間の母屋(もや)の四面に庇(ひさし)がある南向きの建物。母屋は三つの塗籠(ぬりごめ)に分かれ、中央の間(神殿ともいう)に、天皇と神の座を設けた。神嘉殿の北に北殿、神嘉殿の東西から延びて南へ折れる回廊の端に東舎、西舎があった。[吉田早苗]

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世界大百科事典内の中和院の言及

【神嘉殿】より

…平安宮の中院の正殿。中院は中和院(ちゆうかいん)とも称し,内裏の中枢部の内重の西側に位置し,内裏の外重の北西隅に築垣に囲まれた一院を形成する。その内部に正殿の神嘉殿,その南方前面の東・西に東・西舎,北に北殿を配し,神嘉殿は東・西舎とは回廊で,北殿とは渡廊でそれぞれ結ばれる。…

【中和院】より

…中院ともよばれていた。中院の初見は804年(延暦23)8月(《日本後紀》),中和院は831年(天長8)8月(《類聚国史》)で,両者併用されていたらしい。《貞観儀式》では神今食(じんこんじき)院とよばれ,《西宮記》では斎院ともよばれていた。…

※「中和院」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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