〈ちゅうわいん〉とも読む。平安宮内裏の西にある一区画。中院ともよばれていた。中院の初見は804年(延暦23)8月(《日本後紀》),中和院は831年(天長8)8月(《類聚国史》)で,両者併用されていたらしい。《貞観儀式》では神今食(じんこんじき)院とよばれ,《西宮記》では斎院ともよばれていた。天皇が神をまつる場所であり神今食や新嘗祭などにもつかわれた。四面に垣をめぐらし,その中に中殿ないし中院正庁とよばれた神嘉殿の一区画をもっていた。中和院は平安宮について知られているが,平城宮まで遡及するかどうかは文献史料上も発掘調査の上でも不明である。神今食などは神祇官曹司の中などで行われていたことが知られている。
執筆者:鬼頭 清明
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…中院ともよばれていた。中院の初見は804年(延暦23)8月(《日本後紀》),中和院は831年(天長8)8月(《類聚国史》)で,両者併用されていたらしい。《貞観儀式》では神今食(じんこんじき)院とよばれ,《西宮記》では斎院ともよばれていた。…
…平安宮の中院の正殿。中院は中和院(ちゆうかいん)とも称し,内裏の中枢部の内重の西側に位置し,内裏の外重の北西隅に築垣に囲まれた一院を形成する。その内部に正殿の神嘉殿,その南方前面の東・西に東・西舎,北に北殿を配し,神嘉殿は東・西舎とは回廊で,北殿とは渡廊でそれぞれ結ばれる。…
※「中和院」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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