大学事典 「中国の大学」の解説
中国の大学
ちゅうごくのだいがく
西洋文明到来以前の中国には独自の科学や知的伝統が発展し,それらを伝達する学問の府が存在した。広義の「大学」ないし最高学府の歴史は遠く紀元前15世紀頃の殷(商)時代まで遡ることができ,各王朝で国子寺,国子監,国子学,太学などと呼ばれた。とくに紀元前124年の設置が同時代の史書に明記された漢王朝の太学は,古代の高等教育機関の存在を確実に示す。「博士」「教授」などの漢字語も古代の太学から受け継ぐ。官学のみならず,書院に代表される私学も興隆した。
しかし,西洋列強との対立から科学技術の立ち遅れを自覚した近代以降の中国は,1895年の北洋大学(中国)(天津大学の前身)を皮切りに,興国策の一環として西洋モデルの大学を開設した。1929年の大学組織法(中国)は,3学院(college)以上を擁するものを大学(university)と呼ぶと規定した。1920年代初頭,中国自身が創設した国立総合大学が北京大学,東南大学,上海商科大学の3大学に限られていた時期に,欧米のキリスト教団などに支援された震旦,東呉,滬江,金陵,嶺南,斉魯,聖約翰,華西協合,燕京の各大学が存在し,大学教育振興に大きな役割を果たした。日中戦争期には沿海諸省の大学の多くが内陸部へ疎開する中で,北京,清華,南開の3大学合併による国立西南連合大学(中国)が雲南省昆明に生まれた。同大学はのちにノーベル物理学賞を受賞した楊振寧,李政道など逸材を輩出した。
[中華人民共和国成立後]
中華人民共和国樹立後の1949年,49大学を含む205校の高等教育機関に11万6504人が学んでいた。その後の半世紀余の大学教育にとって重大な意味を持つのは,50年代初頭の院系調整(中国)と呼ばれる大学組織の再編成と,1966年から十年余にわたった文化大革命期の変化である。学院を廃して系を大学組織の基本とした前者では,全国規模で大学が再配置された。総合大学を減らし,単科大学と重理軽文(中国),すなわち理系中心の基本構造がつくられ,さらに細分化された専業(中国)と呼ばれる専門分野ごとに卒業時に生産の即戦力となる人材の育成が目指された。一方,文革期には政治や労働実践との結びつきが強調され,エリート主義や本の虫を育てる筆記試験による選抜が廃止され,職場の勤労大衆の推薦で入学者が決定された。しかし,この斬新な方式はやがて破綻し,1977年に統一入試が再開された。
1978年以降,とくに1980年代前半の機関数の急増は著しく,1年間に100校,平で4日に1校のペースで新設校が生まれた。1981年には学士,碩士(修士),博士の3段階の学位制度も制定され,哲学・法律・教育・文学・歴史・物理学・工学・農業・医学・軍事科学で構成される学問範疇(中国)が確立した。文革以前には軽視された金融,経済学,政治学,法学といった分野が経済・社会開発の需要に応じて成長した。加えて勤労成人のための放送利用の電視大学(中国)(テレビ)大学など全日制の大学に準ずる機関も整備された。民弁大学(中国)と呼ばれる非公立大学も認可された。また,検定試験により大学卒業資格まで取得できる独学試験制度(中国)も1980年代につくられている。「無償制」「全寮制」「卒業生の統一的職場配置」という建国以来の諸慣行が見直され,学生の経済事情優先の助学金に代わり,成績優秀者への報奨を意味する奨学金が導入された。一連の改革は,極端な平等主義に対して競争原理を導入し,建国以来の「国家計画一辺倒」や「国による丸抱え」の方式を見直し,社会主義市場経済体制への移行を支えるのがねらいである。このほか,学年制の教育課程に代わる単位制の導入と選択科目の開設,学内管理機構の簡素化と管理職の専門化・若年化,中央省庁と地方政府による大学の共同建設・管理,管理運営に関する大学の自主権拡大の模索も進んだ。単科大学主体の基本構造を変えて総合大学化を目指す合併の中で,学生数6万人超の吉林大学や4万人超の浙江大学が生まれた。学内機構でも学院を統合し学部を設ける大学も現れた。90年代末からの大拡張を経て,2011年現在,大学院生165万人弱を含む在籍者は2300万人(勤労成人のための機関の在籍者547万人強は含まず)を超え,2010年の進学率は26.5%の大衆化段階に達している。しかし,急激な拡張は卒業生の就職難を招いている。
知識基盤経済の時代に大学への期待は大きく,産学協同が急速に進んでいる。21世紀に向けて約100校(実際には107校を選定)を充実させるプロジェクトを意味する211工程(中国)(211プロジェクト(中国))が1995年に始まり,その対象校に限って長江特別招聘教授と称する特別ポストをほぼ3~5年間で500~1000設置し,内外の優秀な専門家を集めた。1998年5月4日の北京大学創立100周年記念式典での江沢民国家主席演説にちなむ985計画(中国)のもと,大学が「科学と教育による興国の精鋭部隊」となることを目指し,また特定の大学を世界一流校の地位へと育て上げるために,第1期選定の北京大学,清華大学など9大学をはじめ,第3期認定校までの計43校の大学に資金が重点配分された。
著者: 大塚豊
参考文献: 大塚豊『現代中国高等教育の成立』玉川大学出版部,1996.
参考文献: 大塚豊『中国大学入試研究』東信堂,2007.
出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報