乳汁分泌不全症(読み)にゅうじゅうぶんぴつふぜんしょう(その他表記)hypogalactia

改訂新版 世界大百科事典 「乳汁分泌不全症」の意味・わかりやすい解説

乳汁分泌不全症 (にゅうじゅうぶんぴつふぜんしょう)
hypogalactia

分娩がすみ,新生児母乳を与える段階になっても,乳汁分泌量が不十分な状態をいう。正常な1回哺乳量は,生後1週間くらいで30~60ml,2週間で60~90ml,3週間で90~120mlとされている。母乳が足りないかどうかということやその程度は,(1)新生児の体重を哺乳の前後に測り,その差から1回の哺乳量を算出するが,その量が上記の正常量に達しない,(2)1回に20分以上哺乳しても,新生児は満腹感を示さず,授乳後すぐに泣き,眠りが浅い,(3)満腹感を示すまでに加える必要のある人工乳の量,などから判断される。このような方法から,母乳の出が悪いと判断される場合が決して少なくはないが,乳汁分泌を調節しているホルモン機構の欠陥から,ほんとうに乳汁の分泌が悪いという場合はむしろ少なく,授乳の方法がまずいか,授乳への努力が不足している場合のほうが多い。

乳汁は次のようなしくみで分泌される。乳腺は妊娠中に胎盤から分泌された大量のホルモンによって,通常,よく発達している。産褥(さんじよく)時に乳頭に吸引刺激が加えられると,この刺激は求心神経を通じて脊髄を上昇し,視床下部に伝えられる。この刺激による視床下部の興奮は,脳下垂体からプロラクチンオキシトシンACTHなどの乳汁分泌に必要なホルモンを分泌させる。これらのホルモンが血液によって乳腺に運ばれ,乳汁の分泌を促すのである。

 したがって,これらの過程のいずれかが障害されると乳汁の分泌が悪くなるのであるが,実際には,乳腺の発達が極端に悪いとか,乳腺炎,乳頭の形態異常などによる分泌不全は少なく,また脳下垂体や副腎などに病気があってホルモンの分泌が異常の場合もきわめてまれである。ほとんどの場合は,乳頭に有効な吸引刺激が加わらないことが原因となっている。精神状態も乳汁分泌に影響を与える重要な因子の一つで,精神状態が不安定なことが乳汁分泌不全の原因であることも少なくない。

乳汁の分泌をよくするためには次のことがたいせつである。(1)出産後できるだけ早期の授乳の開始。これによって,母子スキンシップ確立するとともに,乳汁分泌のための反射経路の確立に努める。(2)哺乳の励行。少々出が悪いからといって安易に人工乳に切り替えたり,補充するということをせず,原則的に3時間ごと,20~30分,1日6~7回の哺乳に努める。(3)乳腺の空虚化。哺乳後よく搾乳して,乳腺内圧を下げ,血行をよくする。(4)乳房マッサージ。射乳が不十分で,乳房が緊満している場合に有効である。まず蒸しタオルで5分間くらい温湿布し,乳房の血液循環をよくしてから,乳房全体をもみほぐす。マッサージの方法に特殊なもの(桶谷式,慶大式など)がある。(5)栄養補給。妊娠中よりもさらに多い2800calくらいで,タンパク質,ミネラル,水分に富んだ食事(牛乳,魚や肉のスープやみそ汁)がすすめられる。(6)十分な睡眠と精神的安静。睡眠中にプロラクチン分泌が高まることが知られている。またオキシトシン分泌は精神的影響をとくに受けやすい。(7)薬物療法。上記の方法で改善されないときは,プロラクチン分泌を促進する薬剤などが用いられる。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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