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二俣城 ふたまたじょう

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日本の城がわかる事典の解説

ふたまたじょう【二俣城】

静岡県浜松市(旧天竜市)にあった連郭式の中世の山城(やまじろ)。浜松市指定史跡。天竜川と二俣川に挟まれた城山と呼ばれている小山に築城されたもので、本丸の標高は約80m、比高約40m。山を階段状に削り取り、本丸、二の丸のほか、外曲輪(そとぐるわ)、北曲輪、南曲輪、蔵屋敷が配されていた。戦国時代の初めに、駿河の今川氏が遠江(とおとうみ)の斯波(しば)氏と争った際に、今川氏が拠点となる城館(笹岡古城)を築いたのがその起源ではないかとされるが、その後、今川義元(いまがわよしもと)の治世に、被官の松井氏が天龍川を見下ろす場所(現在の城址)に城を築いたと推定されている。しかし、築城年・築城者は特定されていない。城主の松井宗信(まついむねのぶ)は、1560年(永禄3)5月の桶狭間の戦いで、当主の義元とともに討死し、その子松井宗恒(まついむねつね)が跡を継いだ。1569年(永禄12)、今川氏が甲斐の武田氏と三河の徳川氏によって滅ぼされると、城主の松井氏は武田信玄に従属したが、信玄と敵対した徳川家康の攻撃を受け降伏・開城、その後、徳川氏の城となった。家康は二俣城に鵜殿氏長(うどのうじなが)、次いで中根正照(なかねまさてる)を城代として配置し、武田氏の攻勢に備えた。1572年(元亀3)10月、信玄は上洛を目指して甲斐を発ち、信濃から三河に侵攻。中根正照の守る二俣城は武田勝頼(たけだかつより)を大将とする武田の軍勢の攻撃を受けた。『三河物語』によると、武田勢は城の峻険さと徳川勢の防戦に攻めあぐねたが、水の手を断ったことから形勢が動き始め、籠城する徳川勢は戦意を失って落城した。二俣城を落城させた武田軍は西上を開始、同年12月23日には、浜松城(浜松市)から出撃した家康勢との間に三方ヶ原の戦いが起こった。陥落した二俣城には武田方の依田信蕃(よだのぶしげ)が城主として入城した。信玄の死後、家康は城の奪還を開始したが二俣城は持ちこたえ、その間に、武田勝頼により高天神城(掛川市)を奪われる事態も起こっている。武田氏が1575年(天正3)5月21日の長篠の戦いに敗北すると、家康は攻勢を強め、諏訪原城(島田市)を落城させて二俣城に迫った。武田方の城兵は城をよく守ったが、同年12月24日、城将の依田信蕃は徳川方の開城勧告を受け入れ、城を明け渡して駿河の田中城(藤枝市)に撤退した。城を奪還した家康は大久保忠世(おおくぼただよ)を城主として配置し、城の大規模な改修・改築工事を行った。その後、二俣城は何度か武田氏の攻撃を受けたが、落城することはなかった。家康は正妻・築山御前(つきやまごぜん)と嫡男の信康(のぶやす)が武田方に内通したとして織田信長から処罰を迫られ、築山御前が殺害された後、信康は二俣城に幽閉され、その後切腹している。1590年(天正18)、家康が関東に移封になると、浜松城には堀尾吉晴(ほりおよしはる)が入城し、二俣城はその支城となったが、1600年(慶長5)に城主の堀尾氏の出雲転封に伴い廃城となった。第二次世界大戦後、城一帯は公園として整備され、現在に至っている。現在、城跡には天守台・石垣・土塁などの遺構が残っている。石垣が使われた天守台は、徳川氏が武田氏と対峙していた天正年間(1573~93年)に大久保忠世によって築かれたと推定されている。なお、近隣にある鳥羽山城跡は、かつて徳川家康が二俣城を攻める際に築いた付城で、現在、公園として整備され庭園などの遺構が残っている。天竜浜名湖鉄道二俣本町駅から徒歩約10分。◇蜷原城ともよばれる。

出典|講談社
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世界大百科事典内の二俣城の言及

【天竜[市]】より

…茶とシイタケが栽培されるが,とくに天竜茶は銘茶として有名。戦国時代に徳川・武田両氏が攻防を繰り返した二俣城や,1977年完成の多目的ダム船明ダムなどがある。天竜浜名湖鉄道線が通り,西鹿島駅で浜松と結ばれる遠州鉄道に接続する。…

※「二俣城」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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