互酬(読み)ごしゅう(その他表記)reciprocity

翻訳|reciprocity

改訂新版 世界大百科事典 「互酬」の意味・わかりやすい解説

互酬 (ごしゅう)
reciprocity

人間の行為は,その対象が個人,集団,あるいは超自然的存在,そのいずれであっても,なんらかの応報を求めて行われる。ことに伝統的社会における制度には,人あるいは集団が相互に有形無形のものを,特定の期待感や義務感をもって,与え,返礼しあうことによって成立しているものが多い。このような意味で,人間の行為の多くは相互的行為,あるいは一種の交換ということができよう。このような行為を動機づける観念,あるいはこの種の観念によって基礎づけられた社会関係を互酬と呼ぶ。M.モースは古代社会,未開社会にみられる,食物,財産,女性,土地,奉仕,労働,儀礼等,さまざまのものが贈与され,返礼される互酬的システムを義務的贈答制,あるいは全体的給付関係と名づけ,これを社会的紐帯の根幹とみた。またマリノフスキートロブリアンド諸島の調査によって,その部族生活のすべてにギブ・アンド・テークの関係が浸透していて,すべての儀礼や法的・慣習的行為は贈与と返礼を伴って行われると報告し,互酬のうちに法の基本原理を見いだしている。個々の社会関係は,当事者双方が従うべき特定の規範を伴っており,それは行為の形式・順序,あるいはその時と場所等を規定している。これが関係者を拘束し,これを相互に満足させることにより互酬的関係は円滑化する。このように互酬とは,他者および場合によっては超自然的存在をも含めて,環境を構成するものすべてに対する思考と行為の基礎をなし,社会構造および世界観存立の基本的要件をなしている。

 互酬をめぐる議論は,人類学者のあいだでは当初,財の交換をめぐって活発化し,その後は集団相互の配偶者供与(婚姻システム),人間と超自然的存在の間の相互依存,さらに最近では,シンボル理論における対立的二項に関連して展開されてもいる。

 サーリンズMarshall D.Sahlinsは,財の交換を検討して,当事者双方の間で物質面でのバランスが均衡するものばかりではなく,不均衡な結果を生じるものもあり,後者を利他的なものと奪利的なものに二分した。しかし物質的次元での均衡・不均衡は,交換に伴う情緒的次元の反応や社会的連帯を生む効果などを考慮にいれた,より広い文脈のなかで検討すべきであろう。たとえば日本における年玉,中元歳暮なども,物質的次元でのバランスのみでは論じられない慣習である。また,婚姻システムを,集団間で女性を供与しあう互酬的慣行として分析したのがレビ・ストロースである。これには,二つの集団の間で女性がやりとりされる相互供与と,3個以上の集団の間で,いとこ婚を繰り返すことによって,世代ごとに女性が一定の方向に移動する型とが識別されている。婚姻によって女性が移動することは,外婚集団間に姻縁のきずなを生み,その反復は社会的連帯の不断の強化をもたらす。このような女性の移動にもとづく互酬的な関係は,家族間,階層間,村落間のつながりと地域社会の統合に貢献する。さらにグディJack R.Goodyは,互酬的関係を人間と超自然的存在との間に拡大して,祖霊とその子孫は,前者が後者の資産と生活を保全するのに対して,後者は前者に対して怠らず祭儀を行うという相互依存関係にあると解釈した。これに対してシンボル次元における対立的二項間の互酬は緊張と対立を内包する均衡が特色である。たとえば,スリランカにおける小乗仏教とヒンドゥー教との関係を分析したエバーズHans-Dieter Eversによれば,至高で全宇宙の支配主である仏陀と,従属的で世俗の瑣事をつかさどる存在であるヒンドゥー諸神は,祭場,司祭,作法,禁忌等に関しては峻別されて相互不可侵が守られるが,現実の人間生活の安寧・福祉は双方の補完的役割遂行なくしては確保されないと考えられている。すなわち双方の神の間には,背反的ではあるが,他方において相互依存的,互酬的状況が認められるのである。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の互酬の言及

【市】より

K.ポランニーによれば,人間社会の歴史全体からみると,生産と分配の過程には,三つの類型の社会制度が存在しており,古代あるいは未開の社会から現代諸社会まで,それらが単一にあるいは複合しながら経済過程の機構をつくってきた。それらは,(1)互酬reciprocity 諸社会集団が特定のパターンに従って相互に贈与しあう,(2)再分配redistribution 族長・王など,その社会の権力の中心にものが集まり,それから再び成員にもたらされる,(3)交換exchange ものとものとの等価性が当事者間で了解されるに十分なだけの安定した価値体系が成立しているもとで,個人間・集団間に交わされる財・サービス等の往復運動,の3類型であり,それぞれの類型は社会構造と密接に連関をもって存在している。市は,この(3)の〈交換〉が成立する社会がつくり出した方式である。…

【贈物】より


[贈物の互酬的性格]
 贈物のシステムが安定的であるとき,そこに含まれるどの主体(集団)に関しても,贈る関係と贈られる関係のバランスが成立していると考えられる。社会集団の間に特定のパターンに従って贈与しあう関係が成立しているとき,この関係を一般に互酬reciprocityという。この互酬の事例を分析してみると,人々は贈った分を結局他の人々から受け取っており,その逆も真である場合が多い。…

【市】より

K.ポランニーによれば,人間社会の歴史全体からみると,生産と分配の過程には,三つの類型の社会制度が存在しており,古代あるいは未開の社会から現代諸社会まで,それらが単一にあるいは複合しながら経済過程の機構をつくってきた。それらは,(1)互酬reciprocity 諸社会集団が特定のパターンに従って相互に贈与しあう,(2)再分配redistribution 族長・王など,その社会の権力の中心にものが集まり,それから再び成員にもたらされる,(3)交換exchange ものとものとの等価性が当事者間で了解されるに十分なだけの安定した価値体系が成立しているもとで,個人間・集団間に交わされる財・サービス等の往復運動,の3類型であり,それぞれの類型は社会構造と密接に連関をもって存在している。市は,この(3)の〈交換〉が成立する社会がつくり出した方式である。…

【贈物】より

…つまり,贈与のシステムは,法,道徳,宗教が一体となった未分化な規範のシステムと不可分である。
[贈物の互酬的性格]
 贈物のシステムが安定的であるとき,そこに含まれるどの主体(集団)に関しても,贈る関係と贈られる関係のバランスが成立していると考えられる。社会集団の間に特定のパターンに従って贈与しあう関係が成立しているとき,この関係を一般に互酬reciprocityという。…

【交換】より

…これに対して経済的動機のみにもとづく交換は,市場や貨幣の制度が発達した社会においてはじめて広まった特種な交換とみることができる。K.ポランニーによればこの意味での交換(市場交換)は,互酬(贈与),再分配(貢租とその分配),家政(自給自足)と並ぶ人間の生活資料調達法のひとつであったが,19世紀の市場(貨幣)経済体制のもとで特異な発達をとげ,経済の領域だけでなく社会全体をその網の目に絡み込む勢いであったという(《大転換》)。 市場経済を対象とする経済学の理論的分析では当然のことながら経済的動機以外の交換動機は初めから視野の外におかれる。…

【双分組織】より

…各地の事例では,親族関係を密にする集団が社会を二分し,あるいは一方が他方の外婚集団になっていたりする場合もあるが,双方がおなじ出自集団であるとはかぎらず,また相互に密な親族関係をもっていることが〈双分組織〉の特徴であるとはかぎらない。 〈双分組織〉は社会の単なる観念上の二分割にとどまらず,双方の単位の間で社会的・宗教的になんらかの互酬的関係が見られる場合が多い。この互酬的関係のなかで顕著なものを挙げるならば,第1に,それぞれの単位が単系的外婚集団を形成しており,相互に配偶者のやりとりをするということ,第2に,それぞれが儀礼上の単位となっており,相互の互酬的行為を通じて儀礼を構成するということ,などが挙げられよう。…

【ヨーロッパ】より

… 近代ヨーロッパ社会が他の諸文明と異なった形の近代文明をつくり上げることができたのは,何よりもまずヨーロッパにおいて時間と空間の観念が均質化されたためであり,次いで,貨幣経済が他の諸文明よりも徹底して展開されたためである。他の諸文明においては物を媒介とした互酬の関係が近代に至るまで人間関係の主たる絆であったのだが,ヨーロッパにおいては11世紀の段階で互酬関係が転換し,貨幣経済の浸透とともに,物をめぐる人間と人間の関係に一種の合理性が貫かれることになった。さらに宗教と法のあり方がヨーロッパにおいては他の諸文明と異なった展開を遂げたことも挙げておかねばならないだろう。…

※「互酬」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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