交通経済学(読み)こうつうけいざいがく(その他表記)economics of transportation

日本大百科全書(ニッポニカ) 「交通経済学」の意味・わかりやすい解説

交通経済学
こうつうけいざいがく
economics of transportation

経済学の方法論を使用することによって、交通に関する諸現象の解明と、それに基づく政策評価や政策提言を行う応用経済学の一分野。ミクロ経済学からのアプローチが一般的である。日本における交通に関する講座は、第二次世界大戦以前より物流や保険に関する一領域として、陸運論、海運論などの科目名で、大学の商学部系統に置かれることが多かった。しかし、戦後の急速な経済学の進展により、交通に関する研究領域は急速に経済学と接近し、現在では商学部や経営学部において交通論関係科目が置かれているのと同様に、経済学部において交通経済学をはじめとした交通に関する科目が設置されている。

 経済学における交通問題の認識は比較的古く、厚生経済学の始祖といわれるA・C・ピグーは、1920年の『厚生経済学』において、鉄道に関するさまざまな問題を経済学における分析の事例として取り上げている。交通経済学のおもな研究対象は、運賃をはじめとして、交通に関する規制(公的介入のあり方)、投資、補助など多岐にわたる。具体的な例をあげると、効率と公正の観点からみた運賃水準や運賃体系のあり方、交通市場への価格規制や参入規制のあり方、混雑問題緩和のための政策分析、投資効果分析(費用・便益分析など)、交通ネットワークにおける内部補助のあり方、地方閑散路線の交通サービス確保のあり方などがある。また交通に関する統計が豊富であることから、計量経済学の手法を用いた交通データの計量分析も盛んに行われている。

 交通は都市計画や地域開発などにも関係することから、都市経済学、地域経済学との関係が深い。そして、昔から国家により規制の対象とされてきたこともあって、公的介入や産業政策の視点から、公共経済学産業組織論などとの関係も深い。また、交通に関する環境問題も重要視されていることから、環境経済学との関連もある。さらに、交通企業経営という観点から経営学との関連もあり、ロジスティクス(物流)との関係もある。

[竹内健蔵]

『山内弘隆・竹内健蔵著『交通経済学』(2002・有斐閣)』『衛藤卓也著『交通経済論の展開』(2003・千倉書房)』『竹内健蔵著『交通経済学入門』(2008・有斐閣)』

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改訂新版 世界大百科事典 「交通経済学」の意味・わかりやすい解説

交通経済学 (こうつうけいざいがく)

人間や物の空間における移動(地理的移動)である交通という現象の経済的側面を対象とする学問で,応用経済学の一分野である。その特徴は,経済理論や経済学の他の分野では捨象されている空間の概念を明示的に扱っていることと,歴史的に国家が交通市場へ直接政策的介入をしてきたので,政府の規制下にある市場を対象にしていることである。交通経済学は応用経済学の分野でもその歴史が古く,日本でも明治時代から大学の教科の一つになっていた。交通が未発達の時代には,一国の経済発展のためにどのように交通を発達させるべきかという,国の交通政策がその中心課題であった。種々の交通機関の発達とともに,それぞれの交通手段による交通企業の経営に関心が強まり,個々の交通手段を対象とする研究が多くなった。しかし鉄道独占時代が去って,鉄道,自動車,航空,海運といった異なる交通手段間の競争が激しくなるとともに,全交通手段を同時に扱うようになっている。交通経済学は大きく分けて,現実に生起している交通現象の分析と,どのような交通施設をどのように整備して利用させるべきかを扱う交通政策的研究の二つの領域からなっている。

 交通経済学は,(1)人や物の空間的移動の需要,(2)空間的移動にとって必要不可欠な交通サービスの需要,(3)交通サービスの供給と費用構造,(4)交通サービスの価格(運賃)の決定と交通市場,(5)交通投資,(6)交通政策,を骨格としている。

 (1)は,一国あるいは世界の経済活動や社会的な条件と密接な関係にある。人や物の空間的移動は,観光の対象になる自然,歴史的遺産,天然資源などの広い意味での資源が地域的に偏在していることから生ずる。例えば,メッカへの巡礼の道,絹の道,コハクの道,香料の道等は,広義の資源の地域的偏在から生ずる人や物の移動のための交通路であった。資源の偏在,地域的な分業は,人や物の空間的移動の原因である一方,交通の条件によって影響を受ける。交通が断絶されているような地域では天然資源は埋もれたままであるし,分業も起こらない。人や物の空間的移動の需要が生ずると,移動に不可欠な交通サービスの需要が生ずる。(2)の交通サービスの需要は,一般に人や物の空間的移動の需要から派生的に発生する派生的需要の性質をもっている。人や物の空間的移動の欲求があっても,交通サービスの価格が高く,その質が悪ければ,現実に行われる人や物の空間的移動は少ない。人や物の空間的移動にあたって交通手段の選択が行われる。人の場合には,費用,所要時間,快適性を考慮して最も有利な交通手段が選好される。利用可能な複数の交通手段の間の選択がどのようにして決定されるかという交通手段の選択の問題は,交通サービスの需要の重要な課題である。(3)は,鉄道,自動車交通,航空,海上交通などの交通手段を使用して供給される交通サービスの,質と費用の構造の分析である。鉄道は巨額の費用がかかる専用の交通施設を必要とするが,自動車交通は種々の自動車が道路施設を共用するので個々の自動車が負担する費用は比較的小さく,労働等の人件費が相対的に大きい。各交通手段はそれぞれに特有の費用構造をもっている。技術革新は交通サービスの質の向上と費用の節減をもたらす。ジェット航空機やマンモス・タンカーはその例である。交通サービスの費用とともに重要なのが交通にともなう公害等の外部不経済の費用である。(4)では,現実の交通サービスの価格(運賃,料金)が市場においてどのように決定されているかを分析することと,その価格をどのように決めるべきかが課題になる。後者は(6)の交通政策の問題である。(5)は,交通基礎施設の多くが公共投資によって整備されるので,その投資をどのように配分するかを課題としている。なお交通経済学は,地域経済学,公共経済学等の応用経済学の他の分野や交通工学と密接な関係にある。
交通政策 →交通投資
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「交通経済学」の意味・わかりやすい解説

交通経済学
こうつうけいざいがく
transportation economics

社会資源が経済構造との関連で交通部門にどのように配分されているか,さらに交通部門内部で各種交通手段にどのように配分されているか,またそれらは適切であるか否かなどを分析する経済学の応用分野。まず J.B.セーらの古典学派により問題とされ,F.リスト以来,K.ラウ,A.ワーグナーらの歴史学派にいたり本格的に成立,鉄道,汽船,郵便制の普及を国家政策として取上げた。またイギリスの D.ラードナーが"Railway Economy" (1850) を著わし独立の学問としての交通学を取上げ,さらにアメリカの H.C.ケアリーがその理論の体系化に貢献。その後 19世紀末の交通革命の完成期にかけて G.コーン,E.ザックス,L.コルソン,A.ハドレー,C.クーリー,V.ボルクトらによって体系化された。 20世紀に入り交通自体の著しい進歩に伴い,交通経済学も鉄道,水運,自動車,航空,通信などの専門分野に分れ,また交通市場の地域格差や,その市場競争を規制する制度,都市計画などと深く関連するため,都市経済学,地域経済学,公共経済学などの諸領域および経済学以外の学問領域とも密接な関係をもって発展している。

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