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人民民主主義 ジンミンミンシュシュギ

デジタル大辞泉の解説

じんみん‐みんしゅしゅぎ【人民民主主義】

第二次大戦後に出現した新しい政治形態。社会主義への過渡的な性格をもち、本質的にはプロレタリア独裁であるが、労働者階級の指導のもとに、反ファシズム統一戦線に参加した諸勢力による民主連合政権を形成しているのが特色。改革前の東欧諸国がその典型的な例。

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百科事典マイペディアの解説

人民民主主義【じんみんみんしゅしゅぎ】

第2次大戦直後に出現した社会主義諸国(中華人民共和国朝鮮民主主義人民共和国など)でとられた政治体制。中国では新民主主義という言葉が用いられた。共産党の指導する反ファッショ国民連合組織を基盤にした人民会議が,司法立法・行政・軍事の統一的な最高機関となった。

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世界大百科事典 第2版の解説

じんみんみんしゅしゅぎ【人民民主主義】

第2次世界大戦後,東ヨーロッパとアジアのいくつかの国(中華人民共和国,朝鮮民主主義人民共和国,ベトナム民主共和国)で樹立された国家形態のこと。中国では新民主主義という言葉が用いられた。これらの国々は第2次世界大戦中,ドイツや日本などのファシズムに直接,間接に占領ないし支配された。そこでこれらの国の解放勢力は労働者農民中間層,さらに民族ブルジョアジーの一部をも含む反ファシズム,民族解放の統一戦線を結成して戦ったが,ファシスト陣営の敗北とともに,この種の統一戦線の勢力が政治権力を握ることになった。

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大辞林 第三版の解説

じんみんみんしゅしゅぎ【人民民主主義】

第二次大戦後、東欧諸国や中国などにみられた政治形態。労働者階級の指導の下に、農民・民族ブルジョアジーなど広範な人民を結集した民主連合政権を成立させ、漸進的に社会主義へ移行しようとするもの。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

人民民主主義
じんみんみんしゅしゅぎ
people's democracy

広義ではフランス革命の際のサン・キュロットの政治的要求や、1920年代初めカフカスと中央アジアの旧ロシア帝国植民地・保護国およびモンゴルにおける反封建革命によって生まれた民主主義的政治体制を含めることもある。より狭い現代的意義においては、第二次世界大戦後、ポーランド、旧東ドイツ、旧チェコスロバキア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、旧ユーゴスラビア、アルバニアといった旧東欧諸国、および中国、北朝鮮、ベトナムといったアジアの諸国で反ファシズムないし反帝国主義の民族解放闘争を通じ、統一戦線組織に基づく民主主義的変革の結果として成立した政治体制もしくはその理念をさす(中国のように新民主主義という用語法もあった)。
 後者について政治的変革の経路という見地からみると、1917年のロシア革命が、労働者の優れて階級的な組織であるソビエト(評議会)を、普通選挙によって成立した議会にかえて直接に公的・国家的な機関に転化させ、プロレタリア独裁の政治形態を打ち立てたのとは異なり、これらの諸国では、まず人民の武装力を伴った統一戦線組織によって臨時政府が樹立され、この武装力によってファシズム・軍国主義からの解放が達成されたのち、普通選挙によって人民代表制機関(議会)が形成され、この機関が国家権力の担い手になるというコースをたどった点がほぼ共通の特徴とされた(実際にはソ連軍の進攻と駐留のもつ意味が大きかった)。その際、国名としては、人民共和国、人民民主主義共和国などの用語が採用されている。この意味での人民民主主義は、1947~48年までの初期段階では、いまだ社会主義的民主主義ではないが、それが目ざした変革の内容において、すでにブルジョア民主主義を超えた、いわば「第三の道」であって、プロレタリア独裁を経由せずに社会主義への移行を可能にするところの、それぞれ民族的に多様な政治形態をなすものと理解されていた。
 統一戦線組織に基づく民主主義的変革という構想自体は、一面では1935年のコミンテルン第7回大会が掲げた反ファシズム人民戦線による新しい政府の樹立という路線を引き継ぐものではあるが、この人民戦線政府がソビエト制に接近すべきものとして位置づけられていたのに対して、第二次大戦後の現実の人民民主主義は少なくともその初期においては、ソビエト型とは異質の政治形態とみなされていたわけである。しかし、その後トルーマン・ドクトリンやマーシャル・プランの登場に伴う冷戦構造の尖鋭(せんえい)化のもとで、ソ連に対する政治的態度が人民民主主義諸国の定位の基準になるという条件が生まれると同時に、1948年にコミンフォルムが、社会主義への独自の民族的な道の探求をブルジョア民族主義と断罪し、ユーゴスラビア共産党を除名するという事態に至る。ここに、各国においてその地位を強化してきていた共産党がソ連共産党の「助言と援助」を、そしてまたその政治的経験を建前上自発的に受容するという状況が広く生まれ、ソビエト型政治形態(政治体制における共産党の指導性の確保、中央集権的な経済管理方法、農業集団化などを含む)の各国への移植過程が進行することになり、こうした経緯のなかで、人民民主主義の概念も、プロレタリア独裁の機能を果たすべき政治形態を意味するものと理解されるようになる。その結果、政治形態の人民民主主義型としての独自性は希薄化することになるが、1960年代に入ってから、これらの諸国が過渡期を終了して社会主義の段階に順次移行するとともに、チェコスロバキア、ユーゴスラビア、ルーマニアなどでは国名も社会主義共和国へと改められ、社会主義への過渡期という段階規定としての人民民主主義の独自の意味も失われていった。これらの諸国におけるとくに1950年代末以降のさまざまな改革に伴う事件(1956年のハンガリー事件、68年チェコスロバキアの再生運動、80年ポーランドの「連帯」の運動など)には、人民民主主義の初期の理念に照らして検討されるべき問題が少なくない。[大江泰一郎]
『高橋勇治・戸沢鉄彦編『人民民主主義の研究』上下(1955、56・勁草書房) ▽前野良編『現代革命と人民民主主義』(1958・大月書店) ▽藤田勇著『人民民主主義構想の成立過程をめぐって』(『ヨーロッパの法体制』所収・1979・東京大学出版会)』

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世界大百科事典内の人民民主主義の言及

【東欧】より

…各国では,大戦中に形成された人民戦線や祖国戦線が権力を握り,社会民主党,共産党,農民党,ブルジョア・リベラルなどの連立政権が成立していた。そのもとで徹底した土地改革と特定の大工業の国有化が行われたが,社会主義の導入は考えられておらず,東欧各国の指導者は新しい体制を〈新しい民主主義〉とか〈人民民主主義〉と呼んでいた。その場合の人民民主主義というのは,ソビエト型民主主義でも西欧型民主主義でもない,両者を総合した民主主義であると考えられていた。…

※「人民民主主義」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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