仏性寺(読み)ぶつしようじ

日本歴史地名大系 「仏性寺」の解説

仏性寺
ぶつしようじ

[現在地名]朝日町小倉

小倉おぐらの北西方山麓にあり、香谷山と号し、法華宗(真門流)本尊十界大曼荼羅。寺伝によれば、大同元年(八〇六)道寛の開基で、真言宗であったが、応永二一年(一四一四)法華宗に転じ、京都本隆ほんりゆう(現京都市上京区)末になったという。寺名は享禄二年(一五二九)五月日の大谷寺所々神領坊領目録(越知神社文書)に「八斗 小倉村仏性寺ヨリ納之 元節供田」とみえる。朝倉義景から一三石の寺領と諸役免除の判物を受け、福井藩からは寛永元年(一六二四)寺内山林田畠高一三石を免除された(越前国名蹟考)


仏性寺
ぶつしようじ

[現在地名]常澄村栗崎

東茨城台地と水戸から鹿島への街道の間の低い台地にある。天台宗、涌石山大日院と号する。本尊は大日如来。水戸十ヵ寺の一。天長年間(八二四―八三四)創建慈覚大師開山で、当時勅願所の綸旨を受けたという(大日本寺院総覧)。寛文三年(一六六三)の開基帳(彰考館蔵)には開基不詳、高一一石余、門徒九ヵ寺、百姓旦那一六〇人とある。貞和五年(一三四九)比叡ひえい坂本さかもとから山王勧請、本尊大日如来三一仏は文安五年(一四四八)鋳造


仏性寺
ぶつしようじ

[現在地名]宮津市字金屋谷

金屋谷かなやだに東部にある。金谷山と号し、浄土真宗本願寺派、本尊阿弥陀如来。

開基は明誓とする。明誓は田辺たなべ(現舞鶴市)瑞光ずいこう(浄土真宗本願寺派)を創立し、その後宮津に来て一宇を建立し住持していた。長男順誓が仏性寺を称したという(与謝郡誌)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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