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仕丁 しちょう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

仕丁
しちょう

奈良時代の力役。大化前代から存在した。令制では,1里 (50戸) ごとに正丁 2人を徴集した。1人を立丁,もう1人を廝丁 (しちょう) といい,廝丁は立丁の炊事などの役をつとめた。彼らの生活費は差出した里でまかなった。

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デジタル大辞泉の解説

し‐ちょう〔‐チヤウ〕【仕丁】

じちょう(仕丁)

じ‐ちょう〔‐チヤウ〕【仕丁】

《「しちょう」とも》
律令制で、成年の男子に課せられた力役(りきやく)。50戸ごとに二人が割り当てられ、3年交替で諸官庁で労役に服させた。してい。つかえのよぼろ。
平安時代以降、貴族の家などで、雑役に従事した下男。

し‐てい【仕丁】

じちょう(仕丁)

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百科事典マイペディアの解説

仕丁【しちょう】

日本古代の徭役(ようえき)の一種。〈してい〉〈つかえのよぼろ〉とも読む。大和朝廷時代には服従した地方から徭役労働者を朝廷に徴用していたが,大化改新後の律令制では,1里50戸につき2人,中央官庁や封戸(ふこ)の主家に3年交代で雑役夫として勤務,経費は地元負担と決めた。

仕丁【してい】

仕丁」のページをご覧ください。

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世界大百科事典 第2版の解説

しちょう【仕丁】

日本古代,中央官司の雑役にあてられた人民。〈つかえのよぼろ〉ともいう。大化改新以前から存在したが,646年(大化2)の改新の詔で,それまで30戸から2丁を徴発していたのを改め,50戸(1里)から2丁をとる制となり,大宝・養老令制に継承された。令制では,直接労役にあたる仕丁(立丁)と,食事等の世話を行う廝丁とが同郷(里)から徴発されたが,8世紀中ごろ以降,両者は区別なく労役に服するようになった。正丁(21歳以上60歳以下の男子)からとられる仕丁のほか,人数は少ないが同年齢の女丁も役された。

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大辞林 第三版の解説

しちょう【仕丁】

じちょう【仕丁】

〔「しちょう」 「してい」とも〕
律令制で,五〇戸につき二人ずつ選ばれ,3年間中央官庁および親王家・大臣家などの雑役に服した者。一人は立丁りつていといって実働に当たり,直丁じきちようと駆使丁くしちようとの別があった。もう一人は廝丁しちようといい,立丁のために煮炊きなどの用をした。つかえのよぼろ。
平安時代以降,貴族などに使われ雑役に従事した者。下僕。
江戸時代,大臣・大将・将軍家などの奥方の所で輿舁こしかきその他に従事した者。

してい【仕丁】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

仕丁
しちょう

「じちょう」ともいう。古代に行われた徭役(ようえき)制度の一つ。養老令(ようろうりょう)によると、仕丁は50戸ごとに2人が点ぜられ、中央官衙(かんが)で雑役に従ったが、1人は廝丁(かしわで)として炊事を担当した。仕丁には官粮(かんろう)が支給され、また労役の代償として租税のうち調・庸・雑徭(ぞうよう)が免除された。仕丁制の起源は大化前代にまでさかのぼり、30戸を単位として2人が点ぜられていたのが、大化改新の際に50戸を単位として点ぜられることになった。その際、仕丁を養うために各戸から布と米を徴収し、これを庸とよんだ。この仕丁の庸は、歳役(さいえき)に従事するかわりに庸を出す制度が成立すると、これに吸収された。しかし718年(養老2)4月に至って、仕丁を出した戸が銭や綿を出す養物(ようぶつ)の制度として復活した。[長山泰孝]
『彌永貞三著『日本古代社会経済史研究』(1980・岩波書店)』

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世界大百科事典内の仕丁の言及

【直丁】より

…日本古代の律令制下において50戸ごとに2人ずつ徴発された仕丁(しちよう)のうち,中央諸官司の雑役に服する役にあたったものをいう。野外での労役に服する駆使丁(くしちよう)と区別され,神祇・太政二官をはじめ,中央の諸省および諸職(しき)・寮・司や,弾正台などの独立官司,東宮坊以下の諸官司に配置されて,それぞれ定数があった。…

【退紅】より

…薄紅色に染めた麻布製,単(ひとえ)仕立て。烏帽子をかぶり黒染麻布のくくり袴をはき退紅を着た仕丁のことも指す。傘持,履持(くつもち)など公家の供をする召具(めしぐ)の装束の一つ。…

【夫役】より

…律令政府は20~60歳までの男子を正丁(しようてい)とし,庸(10日間にわたる中央官衙(かんが)での無償労役で,布での代納が認められていた)を課し,国司の監督下に1年に60日間の公共事業に従事させることもあった。衛士(えじ),防人(さきもり)などの軍夫,1郷から2名が中央官衙に呼びよせられて労働に従事させられる仕丁(しちよう),調などを諸国から中央に輸送する運脚(うんきやく)などもあった。〈軍事と造作〉は,律令制下の農民にとって重い負担であった。…

【徭役】より

…身体障害者(残疾)や父母の喪中の人に対して徭役を免除するという律令の規定も,実役を免除することに主眼があったと考えられる。なお徭役という言葉は,いわゆる徭役労働一般の意味でも用いられており,古代では,歳役や雑徭のほかに,地方の里から交替に2人ずつ中央に徴発されて雑役に従事する仕丁や,功食は支給されるが官によって強制的に雇傭される雇役(こえき)などがあり,兵士も実際には徭役の一種と観念されていた。広義の徭役労働は,古代だけでなく中世・近世にも存在していたが,古代では賦役(広義の税)のなかで,徭役労働の占める比重が高かったと考えられる。…

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