租庸調(読み)そようちょう

百科事典マイペディアの解説

租庸調【そようちょう】

中国と日本の税法。(1)中国。魏(ぎ)・晋(しん)のころ穀物)・調・綿・麻)は戸ごとに,北魏では1夫婦ごとにせられていた。代に均田法による田に対する義務として,丁男(ていだん)が租を粟(あわ)2石,調を絹2丈(じょう)と綿3両(または麻布2.5丈と麻糸3斤(きん))を納め,として1年に20日(閏(うるう)年は22日)国家的土木事業に従事させられた。780年両税法の発布により廃された。(2)日本。689年の飛鳥浄御原律令(あすかきよみはらりつりょう),701年の大宝律令で整備。中国と社会経済の発展段階が異なるために細部ではやや違う。租(田租)は田の面積に応じて課される土地税。率は1段の収穫50束に対し1束5把(わ),72束なら2束2把で,いずれも収穫の約3%。調は初め戸数だったらしいが,浄御原令で成年男子が繊維製品,加工食品,特産品など一定額を現物で納付する人頭税となったらしい。庸は初め仕丁(しちょう)の衣食の戸数割,のちに調同様の人頭税。雑徭(ぞうよう)も浄御原令で人頭税として追加された。調・庸は都に送られ官人給与や事業費となり,租・雑徭は地方行政の財源となったが,9−10世紀に滞納や品質低下が著しく,律令国家を解体させ始めた。
→関連項目課役人頭税中男作物賦役(中国)府兵制律令制度

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

デジタル大辞泉の解説

そ‐よう‐ちょう〔‐テウ〕【租庸調】

中国、代の均田法下の税法。給田を受けた丁男(21~59歳)に課したもので、租は粟(あわ)2石、庸は年20日(閏年は22日)の労役、または代納として1日当たり絹3尺、調は絹2丈と綿3両、または布2.5丈と麻3斤。8世紀後半、均田法の崩壊とともに両税法に移行した。
律令制で、唐制にならって行われた税制。→調

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

旺文社世界史事典 三訂版の解説

租庸調
そようちょう

唐代前半に完成され実施された税制。均田制と関連して制定された
丁男 (ていだん) (だいたい20〜59歳)に対し,租は年に粟 (ぞく) 2石,調は地方特産の品で (あや) ・絹・絁 (あしぎぬ) であれば,そのいずれか2丈と真綿 (まわた) 3両,布であれば2丈5尺と麻3斤を納めた。庸は中央の国家的土木事業に対する年20日の労働提供(正役),実際は代償として1日当たり絹3尺,麻布3.5尺の割で換算徴収されることが多かった。別に地方における労働提供として雑徭 (ざつよう) があった。就役は他人あるいは私有賤民に代役させることもできた。租庸調は各地方の州県官が徴収する規定であったが,実際は村正・里正が担当した。その負担者は給田された丁男に限られ,皇族高級官僚や20歳以下60歳以上の男子,僧侶・道士・女子などは免除された。この税法は南北朝・隋に行われたものを,唐代に上記のように改正したもので,780年両税法の施行により廃止された。

出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報

精選版 日本国語大辞典の解説

そ‐よう‐ちょう ‥テウ【租庸調】

〘名〙
① 中国、唐代の均田制下の税法。その内容は、年ごとに、租は粟二石、庸は平年二〇日の労役または代納、調は絹二丈と綿三両など穀物以外の現物税で、給田を受けた丁男(二一~五九歳)に課した。のち均田制の崩壊とともに両税法に代わる。〔新唐書‐食貨志一〕
② 日本の令制のもとで行なわれた税法。班田収授法を背景に唐制を日本の実情に合わせ改変した。租は田一段に稲二束二把(実際には一束五把のことが多かった)、庸は年一〇日の歳役に代えて布を、調は布あるいは地方の特産物を納める。このほか、雑徭・兵士役などの負担義務もあった。→調

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

世界大百科事典 第2版の解説

そようちょう【租庸調】


[中国]
 隋・唐前期の主要税制。丁男(21~59歳)を対象に定額の穀物と布帛を課徴した点に特質があり,北魏の485年(太和9)に始まる均田法に対応する均賦制の発展したもの。その完成形態を示す唐の〈開元賦役令〉によりその大体を述すると,まず徴収対象は九品以上の官人や王公貴族および旌表者(忠孝節義を表彰された者),僧侶道士と身体障害者,部曲・奴隷等の賤民を除く良民の男子正丁に限定され,対象者(課口)でも,老親などのめんどうをみる者(侍丁),服喪者,兵士,色役(しきえき)従事者等は実際の徴収を免除された(見不輸(げんふゆ))。

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報

世界大百科事典内の租庸調の言及

【課役】より

…その内容は(丁あたり粟2石)と調(丁あたり絹2丈,あるいは麻布2丈5尺,それに付属物として絹糸,綿(まわた)あるいは麻糸が加わる)および役(年間20日間の力役,中央政府が徴発し主都の建設,土木工事等に使われる)の3種よりなる。役は1日当り3尺の絹(あるいは3尺7寸5分の麻布)に換算代納されるのが一般となり,これはと呼ばれ,課役は租庸調を意味するようになった。かように公課が成丁ひとりひとりに賦課されたのは,成丁に田地を分給する均田制が背後に想定されたからであるが,7世紀後期には土地不足等による均田制のゆきづまりが顕在化し,課役以外の地税(所有田土面積に応じて賦課)や税銭(資産等に応じて各戸から徴集)等に公課の比重が移行するようになった。…

※「租庸調」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

今日のキーワード

国民投票法

正式名称は「日本国憲法の改正手続に関する法律」。平成19年法律第51号。2007年(平成19)5月18日に制定され、施行は3年後の2010年5月18日である。この法律は、日本国憲法第96条に定める日本...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android