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仙台城 センダイジョウ

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デジタル大辞泉の解説

せんだい‐じょう〔‐ジヤウ〕【仙台城】

宮城県仙台市にあった城。戦国時代は国分(こくぶん)氏の居城で、千代(せんだい)城と称した。慶長5年(1600)から同15年にかけて伊達政宗(だてまさむね)が修築完成し、明治維新まで伊達氏の居城となった。建物は明治期の落雷と第二次大戦の戦災で焼失。第二次大戦後、大手門隅櫓(すみやぐら)を復興。青葉城。

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百科事典マイペディアの解説

仙台城【せんだいじょう】

青葉城

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大辞林 第三版の解説

せんだいじょう【仙台城】

仙台市にある城址。伊達政宗が国分氏の千代せんだい城址に築いたもの。江戸時代を通じて伊達氏の居城。石垣が現存。青葉城。

出典|三省堂
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日本の城がわかる事典の解説

せんだいじょう【仙台城】

宮城県仙台市青葉区の青葉山にあった平山城(ひらやまじろ)。国指定史跡。日本城郭協会選定による「日本100名城」の一つ。慶長年間(1596~1615)に伊達政宗(だてまさむね)が築城し、以来明治維新後の廃藩置県・廃城令まで、伊達氏代々の居城、仙台藩の政庁となった。政宗の時代に築造された本丸、西の丸、第2代藩主忠宗の時代に造営された青葉山東麓の二の丸(現在、東北大学の川内キャンパスとなっている)、三の丸(東の丸。現在、仙台市博物館となっている)からなる。1600年(慶長5)の関ヶ原の戦いの後、徳川家康から新城建設の許しを得た政宗は、年末に青葉山に登って縄張りを開始したといわれる。政宗が建設した仙台城は、当時時代遅れになりつつあった山城だったが、忠宗治世下に山頂と麓の行き来がたいへんなため、二の丸、三の丸の増築が行われ山城から平山城に変わった。仙台城は戊辰戦争でも戦火をまぬがれ明治を迎えたが、帝国陸軍の東北鎮台司令部となった時に本丸が解体され、木材や石材が兵舎の建設に利用されるなど、明治初めから大正にかけて大半が失われた。残った大手門、脇櫓は第二次大戦中の空襲により焼失。唯一残った三の丸巽門も進駐したアメリカ陸軍により破壊され、江戸時代のほとんどの遺構を失った。ただし、寅の門の部材が知事公舎正門の建築に転用されているほか、本丸搦手の辰ノ口門が古刹満興寺の山門(同市泉区根白石)に、藩校養賢(ようけん)堂正門が泰心院山門(同市若林区南鍛冶町)に移築され、現存している。また、本丸から三の丸にかけて石垣や土塁が残り、三の丸跡には長沼、五色沼と呼ばれている当時の水堀がある。1964年(昭和39)に、民間の寄付により大手門の脇櫓(わきやぐら)が復元され、江戸時代の仙台城の姿を今に伝えている。本丸のあった青葉山山頂には伊達政宗の騎馬像がある。これは1967年(昭和42)建立で、それ以前に建設された政宗のコンクリート製の立像は岩出山城(大崎市)に移築されている。なお、騎馬像近くには、ガイダンス施設の仙台城見聞館があり、城や城下町の歴史に関する常設展示がある。JR東北本線東北新幹線仙台駅から市内循環バス約25分で仙台城跡南下車、徒歩約5分。または仙台市営バス約20分で仙台城跡下車、徒歩約3分。◇青葉城、五城楼とも呼ばれる。これは仙台城には天守閣は建てられず、その代わりに5つ櫓が建設されたことによる。

出典|講談社
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

仙台城
せんだいじょう

青葉城」のページをご覧ください。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

仙台城
せんだいじょう

江戸期の城。宮城県仙台市青葉区青葉山にあり、青葉城ともいう。城の三方を広瀬川の急崖(きゅうがい)と龍ノ口(たつのくち)の峡谷が囲み、要害の地を占めていた。関ヶ原の戦いの後、加増を受けた伊達政宗(だてまさむね)がこの地に縄張りを始め、1601年(慶長6)に本格的に着手したものである。本丸大広間が完成したのは1610年で、明治維新に至るまで伊達氏62万石の居城として存続した。本丸は標高115~140メートルの台地上を利用し、二の丸、三の丸は広瀬川の河岸段丘を利用しており、本丸に天守台はあるが、計画のみで天守閣は建てられなかった。城下町の中央道路である大町から広瀬川の大橋を渡った正面の所に大手門があり、これは、文禄(ぶんろく)・慶長(けいちょう)の役のときに豊臣(とよとみ)秀吉が本営として築いた肥前名護屋(なごや)城の大手門が政宗に譲られたものといわれている。付属の脇櫓(わきやぐら)とともに桃山建築の名残(なごり)を伝えていたが、1945年(昭和20)戦災によって焼失した。[小和田哲男]

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