改訂新版 世界大百科事典 「伊弉諾尊伊弉冉尊」の意味・わかりやすい解説
伊弉諾尊・伊弉冉尊 (いざなきのみこといざなみのみこと)
日本神話にあらわれる神の名。《古事記》では伊邪那岐命・伊邪那美命などと記す。この男女2神は記紀神話において,天津神(あまつかみ)の命により創造活動のほとんどすべてを行い,《古事記》,および《日本書紀》の一書によれば,最後には黄泉国(よみのくに)との境において対立し,男神は人間の生をつかさどる神として,女神は人間の死をつかさどる冥界の神として互いに絶縁する。2神は,葦の芽吹き(国土の始源)→生気に満つ原野→浜と水田の出現→神の依代(よりしろ)→男女の防塞神→充足の観念,と系譜的に展開する〈神世七代(かみよななよ)〉の最後に出現する。イザナキは天の浮橋に立って海中を矛でかくはんして磤馭慮島(おのごろじま)を出現させ,2神はこの島で成婚して大八島国その他を生み,ついで山川草木水火などの神々を生み,最後に3貴子と呼ばれる天照大神(あまてらすおおかみ),月読尊(つくよみのみこと),素戔嗚尊(すさのおのみこと)を生む。ただし記と紀の一書では,イザナミは火神を生んだために女陰を焼かれてこの世を去ったとなっている。この病臥中にイザナミの嘔吐や糞,尿から木,火,土,金,水(五行)の神が生じたとあるが,これらの神々は同時に焼畑農耕の発生を暗示しているともいえる。自然のすべてが整い,火神誕生とともに文化の始まることを語っているからである。女神を失ったイザナキは怒って火神を斬るが,この制圧された火神の血(炎)から剣の鍛造や土器製作などについての神々が出現する。やがてイザナキは黄泉国にイザナミを訪ねるが,イザナミから与えられた〈見るな〉の禁止を破ったために,イザナミの怒りを買い,〈黄泉軍(よもついくさ)〉の追跡を呪物を投げつつ切り抜けて,先述した黄泉国の境での対立となる。その後イザナキは筑紫の日向の橘の阿波岐原(あわきはら)で禊(みそぎ)をするが,その際の投棄物からさまざまな防塞神,また禊のなかで汚れやこれを改める神,海神などが出現し,最後に3貴子が誕生する。イザナキ・イザナミは本来淡路島を中心とする海人(あま)族の信奉した神で,海人族の宮廷奉仕とともにその伝承が宮廷に取り入れられ,その後多くの伝承がこの2神に集約されたことが予想できる。だが,以上に述べたように記紀神話における2神の地位はきわめて重要であると言わねばならない。
→国生み神話
執筆者:吉井 巌
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報