日本大百科全書(ニッポニカ) 「焼畑農耕」の意味・わかりやすい解説
焼畑農耕
やきはたのうこう
農耕方法の一つ。自然林、あるいは二次林、草原などで、多くの場合、木を切って、乾燥させてから火をつけて焼き払い、その後に播種(はしゅ)、またはいも類を定植する農耕。3~5年間は連続して作物を栽植するが、その後放棄してしまう。栽培期間には作物の選択と年度ごとの組合せは各種の方式になるのが通常である。焼畑が放棄されるのは収量の低下と雑草の増大によるとみられる。放棄後は新しい土地を求めて、新しい焼畑を開くので、焼畑農耕は移動農耕の方式ということになり、出作り小屋も出てくる。放棄農地は10年単位の年月ののち、森林が回復するとふたたび焼畑にされ、農耕方式としては樹木休閑農耕方和ともみられる。
焼畑農耕は農業発達史上のある段階でおこるもので、現在では後進地域に残り、原始的農耕法のようにみられているが、ある場合には労働生産性も高く、条件によっては優れた農耕方式になっている。現在でも世界のいろいろの地域にみられる。東南アジアの山地からインドのアッサム、ヒマラヤにわたる地域、またその北方の中国南部の少数民族の地域など多くみられる。日本でも明治期まではほとんど全国的に各地域の山地にあったが、現在では四国や白山(はくさん)山系の山地にごくわずかに残存しているにすぎない。朝鮮半島の山地にもかなり普遍的にみられたが、いまは大部分消失してしまった。またオセアニア海域ではメラネシアの島々のかなり多くが焼畑農耕をもっている。南アメリカの原住民の在来農耕法にも焼畑が多くあり、アフリカではサハラ砂漠以南のサヘル地帯から、熱帯雨林地帯にわたって、高茎草原、森林で焼畑農耕が残っている。最近のFAO(国連食糧農業機関)の発表によれば、全世界で焼畑農耕に供される土地面積は約3600万平方キロメートル、人口は2億人に達すると推定されていて、農耕方式では依然として重要な方式である。焼畑のときの煙塵(えんじん)は地球規模の大気汚染の原因の一つとされるほどである。
また、焼畑農耕は森林を広く破壊し、自然生物界を損じ、生態系に打撃を与える。これは生態学的にも重要問題である。ヨーロッパの新石器時代以降の植物を花粉分析などの方法で研究した結果、植生の変化が大きかったことがわかってきた。その原因は、ヨーロッパでも焼畑が広く行われ、そのため森林が破壊されたためであると推定されている。
[中尾佐助]
『佐々木高明著『熱帯の焼畑』(1970・古今書院)』▽『佐々木高明著『日本の焼畑――その地域的比較研究』(1972・古今書院)』▽『福井勝義著『焼畑のむら』(1974・朝日新聞社)』