(1)歌舞伎狂言。時代物。5段。通称《先代萩》。奈河亀輔作。1777年(安永6)4月大坂嵐七三郎座(中の芝居)初演。配役は,梶原景時を初世中村歌右衛門,常陸之助海存(かいぞん)・山伏眼通坊じつは菅沼小助を初世浅尾為十郎,錦戸刑部(にしきどぎようぶ)・栄御前(さかえごぜん)を中村次郎三,伊達顕衡(だてあきひら)・乳人(めのと)政岡を初世中山来助,泉小次郎定倉・松枝節之助(まつがえせつのすけ)・秩父重忠を初世中山文七など。伊達騒動を鎌倉時代の人名に置きかえて脚色した作で,奥州鎮守府の主冠者太郎経睦(かんじやたろうつねむつ)(史実の伊達綱宗)の伯父錦戸刑部(伊達兵部少輔)は常陸之助海存(原田甲斐)と結び,梶原景時(酒井雅楽頭)のうしろだてで国横領を企て,この陰謀を鎌倉に訴えた伊達顕衡(伊達安芸)は秩父重忠(板倉内膳正)の明断で勝ち,海存は顕衡を刺すが,みずからも滅ぶ。綱宗が名木伽羅(きやら)の下駄をはいて吉原へ通ったという巷説を写した経睦の遊興と,泉小次郎定倉(片倉小十郎)が先君の愛した萩を先代萩と名づけて自邸に植える話が題名の由来。ほかに乳人政岡が自分で飯(まま)を炊いて幼君鶴喜代(つるきよ)を養い,一子千松は梶原の奥方栄御前が持参した毒入りの菓子を試食したため,悪人一味の八汐(やしお)に殺されるが,おかげで幼君が守られるという話をはじめ,経睦が遊女高尾を身請けすることから,その愛人志太(しだ)十三郎との葛藤,海存配下の菅沼小助が鼠の幻術を使って鎮守府の旗を盗む話,小次郎と顕衡が悪人方をあざむくため不和を装う話などが組み込まれている。後世の〈伊達騒動物〉に多くの影響を与え,〈先代萩〉をそのジャンルの代名詞として印象づける起源になった作。(2)人形浄瑠璃作品。時代物。9段。松貫四(まつかんし),高橋武兵衛,吉田角丸合作。1785年(天明5)1月江戸結城座初演。歌舞伎の《伽羅先代萩》および《伊達競阿国戯場(だてくらべおくにかぶき)》(初世桜田治助作,1778年閏7月江戸中村座初演)をもとに書かれたもの。大筋に変りはないが,経睦は義綱,海存は貝田勘解由(かげゆ)と改められ,ほかに,義綱の家に恨みを抱く常陸之助国雄という幻術使いが勘解由を助けて鼠の術で出没する,高尾の身替りになった娘お幾の生血を義綱が飲んで乱心が本復する,などの趣向がある。ただし,眼目は歌舞伎脚本の筋を移した政岡忠義のくだりで,その詞章が後世の歌舞伎と人形浄瑠璃の〈御殿〉の台本に受けつがれている。
今日の歌舞伎で上演される《伽羅先代萩》は,亀輔の脚本を土台としながら,《伊達競阿国戯場》から〈東山(ひがしやま)〉を世界とする足利頼兼(史実の綱宗),仁木(につき)弾正(甲斐),渡辺外記左衛門(安芸),細川勝元(板倉),山名宗全(酒井)などの役名と多くの場面を採り,浄瑠璃の《伽羅先代萩》からも台本と演出形式を採り入れた複雑な構成で,明治中期以降にほぼ定型ができた。頼兼が悪人一味に襲撃されるのを力士絹川谷蔵が助ける〈花水橋〉,鶴喜代を守護する乳人政岡が仁木弾正の妹八汐のため罪に落とされそうになるのを沖の井と松島の機転で救われる〈竹の間〉,山名宗全の妻栄御前が八汐と結託して鶴喜代を毒害しようとするのを,政岡が一子千松の犠牲で守りぬく〈御殿〉,政岡の手に入った一味の連判状を仁木が鼠の妖術で奪い返し,忠臣荒獅子男之助の鉄扇をのがれて消え去る〈床下〉,仁木らの悪事を訴えた渡辺外記左衛門の訴訟が細川勝元の裁きで勝つ〈対決〉,仁木が外記を刺し,自分も討ち取られ,足利家安泰となる〈刃傷〉の以上6場。このうち,〈御殿〉だけは義太夫狂言の形式で,中心の政岡は,みずから飯を炊く演技の抒情味,目前で千松を殺されながら涙も見せない気強さ,ひとりになってわが子の死骸を抱きしめての愁嘆など,見せ場が多く女方最高の大役とされる。その他の場面は純歌舞伎の形式で,敵役の妖気と凄味を最大限に示す仁木,荒事の男之助,明快な裁き役の勝元など,各役それぞれ洗練された技術が求められる。
→伊達騒動
執筆者:松井 俊諭
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…多くの〈累物〉の中でも,怪談より女心の哀れさに重点を置いた佳品で,初演の半四郎の型が後世に伝わった。また,伊達騒動の筋は歌舞伎の《伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)》に吸収され(伊達騒動物),役名や〈床下〉〈対決〉〈刃傷〉などの場面の基礎になっている。【松井 俊諭】。…
…歌舞伎狂言《伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)》や山本周五郎の小説《樅(もみ)ノ木は残った》等で有名な仙台藩の御家騒動。寛文事件ともいう。…
…それをさらに応用したのが初世の高弟岡本阿波太夫で〈愁ひ節〉として知られた。文弥節を吸収したのは義太夫節で,《伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)》の〈政岡忠義の段〉の,〈忠と教える親鳥の〉は文弥節,《絵本太功記》十段目の〈涙に誠あらわせり〉は文弥オトシである。そのほか,山本角太夫(かくだゆう)の角太夫節も影響を受け,一中節も文弥の泣き節をとり入れたといわれ,新内節で使われるウレヒは,阿波太夫の影響といわれる。…
…業余に浄瑠璃を書き,1774年(安永3)以来12年間に計8曲を上演して,福内鬼外(ふくうちきがい)(平賀源内),紀上太郎(きのじようたろう)とともに江戸操芝居の盛況に貢献した。いずれも合作だが,なかでも75年江戸外記(げき)座で上演した《恋娘昔八丈(こいむすめむかしはちじよう)》は初世竹本筆太夫の美音もあって記録的な大入りをとり,85年(天明5)江戸結城座の《伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)》とともに立作者としての名を高からしめた。彼の作品はほとんど先人の作に手を加えたもので浄瑠璃の常套(じようとう)を出たものではないが,作中に江戸の風俗を点描するなど目新しさがあり,江戸市中に大いに迎えられた。…
※「伽羅先代萩」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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