日本大百科全書(ニッポニカ) 「住友金属鉱山」の意味・わかりやすい解説
住友金属鉱山(株)
すみともきんぞくこうざん
非鉄金属総合メーカー。1950年(昭和25)財閥解体により井華(せいか)鉱業(旧住友鉱業)の第二会社別子(べっし)鉱業として分離、設立され、52年に住友金属鉱山と改称した。ただし、事業の始まりは、1590年(天正18)に住友家が京都で銅の製錬業を開始したときにさかのぼる。住友金属鉱山の根幹をなしてきた別子銅山(愛媛県)は、1690年(元禄3)に住友家によって発見され、住友財閥の中心的事業として歴史的な使命を果たしたが、1973年採鉱を終結した。1960年代以降国内鉱から海外鉱へ重点を移し、カナダ、チリ、オーストラリア、インドネシアなど世界各地で海外鉱源の獲得に努めて、海外鉱山開発で同業他社に先行している。同時に、建材、電子部品材料、化学品など事業の多角化を推進。電気銅、電気金、電気ニッケルの生産で業界トップクラスを占める。資本金932億円(2008)、売上高9468億円(2007)。別子などに事業所をもつ。
[橘川武郎]
『『住友金属鉱山二十年史』(1970・住友金属鉱山)』▽『住友金属鉱山株式会社住友別子鉱山史編集委員会編『住友別子鉱山史』(1991・住友金属鉱山株式会社)』