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佐藤進 さとうすすむ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

佐藤進
さとうすすむ

[生]弘化2(1845).11.25. 常陸太田
[没]1921.7.25. 東京
外科医。本姓は高和氏で,慶応3 (1867) 年,佐藤尚中の養子となる。 15歳で佐倉の順天堂に入門して医学を学び,戊辰戦争には軍医として参加し,明治2 (69) 年ドイツに留学。 1875年帰国し,東京の順天堂 (→順天堂大学 ) の副院長となった。 77年西南戦争で陸軍軍医監となり,戦後,陸軍本部病院長をつとめたが,82年,尚中の死亡のため辞任,順天堂の経営に専念した。 85年東京大学第1および第2医院長を兼任。 94年日清戦争勃発により広島予備病院長に任じられ,翌年陸軍軍医総監に昇進。日露戦争にも応召した。伊藤博文に韓国の医事衛生管理,病院建設を要請され,1908年ソウルに大韓医院を創設。 20年順天堂医院長を辞す。この間,日本結核予防協会の創立に尽力し,女子美術学校理事長,同校長をつとめた。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

佐藤進 さとう-すすむ

1845-1921 幕末-大正時代の医師。
弘化(こうか)2年11月25日生まれ。佐藤尚中(しょうちゅう)の長女志津と結婚し,3代順天堂主をつぐ。明治2年ドイツに留学し,帰国後,順天堂医院の外科を担当。帝国大学医科大学第一・第二病院長をつとめる。28年陸軍軍医総監。大正10年7月25日死去。77歳。常陸(ひたち)(茨城県)出身。本姓は高和。

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