日本大百科全書(ニッポニカ) 「保健体育科教育」の意味・わかりやすい解説
保健体育科教育
ほけんたいいくかきょういく
physical and health education
「体育科教育」と「保健科教育」の合体した教科(合教科)・科目での教育。主として運動と健康の実践的認識を高める教科教育分野である。体育と保健という概念については統合論と分離論があり、二つの立場での教科論争もある。体育は身体運動の科学を基盤にし、保健は人間の生命科学を基盤にしている。これら両極を結び付けるのは運動や健康の技術(スキルskill)であり、スキルや態度を媒介にして運動認識や健康認識が高められていくと考えられている。したがって、保健体育科教育は学校の教育課程のなかで、人間の生活行動能力を獲得するもっとも中心的位置を占めている。
[佐藤 裕]
内容
体育は、各種の運動スキルや運動に関連する行動様式や知識の獲得が主要な教育内容になっており、その内容領域は「運動」と「理論」に大別される。保健は、健康認識や態度の獲得が主要な教育内容となり、その領域は「保健指導」と「保健学習」に大別され、保健体育はこれらを統合的に教材構成している。1998年(平成10)~1999年度改訂の学習指導要領では、小学校低学年は基本の運動とゲームを教材とし、中学年では器械運動、水泳、表現運動、保健を付加し、高学年で体つくり運動(体操)、器械運動、陸上運動、水泳、ボール運動、表現運動、保健に体系化している。中学校ではこれに武道を加え競技化し、ダンス、体育に関する知識が付加されている。高等学校では、体操、器械運動、陸上競技、水泳、バスケットボール、バレーボール、サッカーなどの球技、武道、ダンス、体育理論、保健に体系化している。また、中・高等学校の体育理論では、運動と心身の働き、運動の特性と学び方、運動技能の構造的な理解、運動処方とトレーニング法、社会の変化とスポーツなどの内容が編成されている。
保健体育科のなかの保健領域の学習内容は、小学校では、心身の発達、病気とその予防とけがの防止、健康な生活などの基礎的事項の理解や習慣形成が重点となり、中学校では、心身の機能の発達と心の健康、健康と環境、傷害の防止、健康な生活と疾病の予防など個人的水準での健康認識を求めている。高等学校では、現代社会と健康、健康と環境、環境と食品の保健、労働と健康など社会的水準での健康認識が深められるよう構成されている。このように、保健科教育は、体育科教育における身体活動の実践を通して、人間の体の仕組みについての認識、生活問題を基盤にした身体の発達や健康維持増進にとっての望ましい生活のあり方の自覚、自分と仲間の健康を判断し制御する力、国民の健康を守り育てる社会的仕組み、健康を人間の基本的権利として認識し、健康を自分自身の課題としてとらえる意欲・態度を育て、人類の平和と幸福に貢献する教育を目ざしている。とくに21世紀は環境問題が国際的重要課題として浮上し、健康を環境とのかかわりで考える必要が増してきている。ここに「保健体育」科という合教科の成立意義と基盤がある。
[佐藤 裕]
『猪飼道夫・江橋慎一郎・飯塚鉄雄・石昌弘編『体育科学事典』(1972・第一法規出版)』▽『細谷俊夫・奥田真丈・河野重男編『教育学大事典』(1978・第一法規出版)』▽『松田岩男・宇土正彦編『現代学校体育大事典』新版(1981・大修館書店)』▽『吉本二郎・小林一也編『現代学校教育全集第7巻 保健・体育・給食』(1982・ぎょうせい)』▽『島崎仁・松岡弘編『現代教科教育シリーズ7 体育・保健科教育論』(1988・東信堂)』▽『佐藤裕・吉原博之編『教職科学講座第23巻 体育教育学』(1990・福村出版)』▽『木下秀明監修『戦後体育基本資料集』全45巻(1995~96・大空社)』▽『佐藤裕著『教科教育学(保健体育科教育)への道程――私の歩んできた道』(1996・新体育社)』▽『中森孜郎著『教育としての体育』(1996・大修館書店)』▽『松岡重信編『保健体育科・スポーツ教育重要用語300の基礎知識』(1999・明治図書出版)』▽『シュテファン・グレーシング著、山本貞美ほか訳『動作文化と動作教育――新しい体育の現象学的基礎』(1999・新体育社)』▽『杉本厚夫編『体育教育を学ぶ人のために』(2001・世界思想社)』▽『高橋健夫ほか編著『体育科教育学入門』新版(2010・大修館書店)』