日本大百科全書(ニッポニカ) 「健康教育」の意味・わかりやすい解説
健康教育
けんこうきょういく
health education
現在―将来にわたる健康生活の確立を目標とし、それに必要な科学的認識を深め、健康的な生活行動が実践できる態度・能力を身につけるための教育活動を総称して、健康教育、保健教育という。アメリカでは1919年ころからこのことばが用いられ、第二次世界大戦後に実施された日本の学制改革に伴って、わが国に定着した。文部省(現文部科学省)側では健康教育とよび、厚生省(現厚生労働省)側では衛生教育とよんだ。両者を保健教育という訳語で統一する提案が出された時期もあったが、その後、文部省側が保健教育とよぶようになった。したがって、公衆衛生分野では衛生教育、学校教育分野では保健教育、健康教育ということばが用いられている。
[佐藤 裕]
学校における健康教育
わが国では1872年(明治5)から養生法という名称で学校制度のなかに課せられ、教師用書として杉田玄瑞(げんずい)の『健全学』(1867)が用いられた。その後、小学校では理科、家事科のなかで取り扱われ、中学校では博物のなかの生理衛生として取り扱われていたこともある。
第二次世界大戦後の教育改革では、広義の健康教育は、学校教育の場全体として保健管理とともに学校保健の推進に不可欠な教育活動として位置づけられている。狭義の健康教育は保健指導と保健学習を包括しているが、幼稚園や小学校低学年では習慣形成を目的とする保健指導が中心になり、小学校高学年では保健学習が付加される。さらに、中・高等学校では保健体育科という教科のなかで保健学習が実施され、大学では保健理論として1単位を履習することになっている。とくに保健認識を高めるためには、理科、家庭科、社会科との関連もあり、学習指導要領でも具体的内容領域についてたび重なる改訂が行われてきている。
教育基本法第1条、教育の目的には、「教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として……心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない」とある。これは、健康教育が軍国主義時代の体力づくりのように、単に筋骨隆々となり闘争力や運動適性のある人間を形成するのでなく、個人や社会の健康、幸福、平和を目ざして自己操作できる健全な人間形成をすることを示す。したがって、学校における健康教育は、教科における保健中心の知識の獲得だけでは不十分であり、個人―家庭―学校―社会の関連における発展過程のなかで健康の知識―態度―実践が不離一体となって統合された能力となる必要がある。これらの基礎教育については学校教育に負うところが大きい。
[佐藤 裕]
社会における健康教育
1946年にWHO(世界保健機関World Health Organization)が結成され、憲章を宣言している。この骨子には、一国のエゴイズムよりも世界を一つとしてその健康を確立していこうという願いがある。このなかで「健康とは単に疾病や傷害がないというだけにとどまらず、身体的にも精神的にも、また社会的にも安寧な状態をいう」と述べ、「この健康の確立を図ることは、すべての国にとってもっとも大切な義務であり、かつ健康はあらゆる人々にとってその社会的な条件、政治的信条、宗教的区別、人種などの関(かか)わりなく達成されなければならない生まれながらの権利である」と述べている。これは、基本的人権としての健康は他から与えられるものでなく、自らかちとるものであり、そのための行動を支えるさまざまな条件が国家的責任において整備されるべきものであることを示す。また健康を生活概念としてとらえた点に特徴がある。しかし、健康の成立を病因、宿主、環境という三つの条件から単純に解釈し、WHOの健康の定義を「単に健康を病気でない状態」としてだけとらえる考え方は修正されるべきで、むしろ、主体、環境、生活行動の三つの条件から考え、これら三つの動的な相互関係として、健康を考えるほうが進歩的である。
したがって、過去と現在の状態を踏まえ、変化する主体や環境の条件や相互関係を的確にとらえて、よい状態をつくりだしていく積極的態度が必要であり、このことにより健康的な生活行動が確立されていく。生理的な立場から人間の特性を考えると、(1)開放系としての存在である、(2)閉鎖循環系機能をもつ、(3)適応制御系として成立する、(4)有機系で全体性に貫かれている、(5)死に至る存在である、ことがあげられる。これらの基盤にたって人間の健康をただ個別な条件としてだけ考えるのでなく、社会的存在を前提として人体の認識が成立し、そのうえで生体機能を考えることが妥当である。しかもそれは発育、発達、成長、老化を踏まえた一連の過程における健康を考え、さらにそうした習慣、態度をどのように教育によって構成していくかが切実に問われなければならない。
人間を疾病の側面から眺め研究した学問が医学であるのに対し、健康の側面から眺め研究した学問が衛生学である。また衛生学を人間を取り巻く外側から考究するのが環境衛生学とすれば、内側から考究するのが教育衛生学であり、教育学そのものを衛生学の範疇(はんちゅう)で考え健康教育を効果的に作用させるという生涯教育的な発想もある。
[佐藤 裕]
『小泉明・田中恒男編著『人間と健康』(1971・大修館書店)』▽『佐守信男著『人間の歴史的自然』(1965・六月社)』