ある種の伝染病の病原体を体内に保有し、外見上また自覚的にもなんら症状を示さず、しかもその伝染病の感染源となる可能性をもっている人をいう。感染症予防・医療法(感染症法)では「無症状病原体保有者」という用語を使い、患者に準じて扱うことになっているが、これは「保菌者」では文字どおりに解釈すると病原細菌だけが対象となるため、ウイルスやリケッチアなど病原細菌以外の保有者も含める必要からよばれたものである。しかし、一般には字義にこだわらず、「保菌者」を広義に使用して無症状病原体保有者と同義に扱っている場合が多い。
病原体が侵入・増殖して発病した場合、治療あるいは自然治癒によって諸症状が消失するだけでなく、病原体がことごとく死滅して初めて病気が完全に治ったことになるわけであるが、ときには症状がすっかりなくなったのちも、体内の一部に病原体が残留して保菌者となることがある。この場合は病後保菌者または回復期保菌者といい、腸チフスにもっとも多くみられ、パラチフスや赤痢などにもある。また、感染しながら症状を示さない不顕性感染によって保菌者となることもかなり多く、この場合は健康保菌者とよばれ、連鎖球菌、肺炎菌、ジフテリア菌のほか、梅毒スピロヘータや日本脳炎ウイルスなどにみられる。なお、潜伏期間中に排菌が認められる場合は、潜伏期保菌者という。保菌者を期間によって一過性保菌者と長期保菌者に分けることもある。チフス菌の胆道系保菌者の場合、胆石内部に侵入して保菌状態となり、絶えず胆汁を汚染し、放置すると永続的に糞便(ふんべん)中に排菌し続けるが、この場合を胆道系長期保菌者といい、腸チフスの感染源としてきわめて重要である。
保菌者が排出する菌量は、多くの場合患者よりはるかに少なく、他に感染させる力も弱いが、排菌していることを自他ともに認識していない場合が多いので、未流行地へ保菌者によって伝染病が侵入したり、保菌者を感染源として広がりやすい。したがって、保菌者の発見(おもに検便)とその処置は防疫上きわめて重要なことである。
[柳下徳雄]
細菌やウイルス,リケッチアなどの病原微生物を体内に保有しながら,それによる症状を示さないことがある。このような状態にある人を保菌者という。保菌者は通常,その病原微生物を体外に排出しているので感染源になる。患者と比べて排出する病原微生物の量は少ないので,感染させる力が弱いが,本人自身が感染源であるという自覚がなく,また症状がないので用心されることもなく,長期間にわたって感染源として自由に動き回るので,その意味では患者よりも危険である。保菌者には,潜伏期保菌者といって発病前の段階で病原微生物を排出するもの,また回復期保菌者といって臨床症状が消えてしまった後も,しばらくの間病原微生物を排出するもの,そして,健康保菌者といって,終始臨床症状を呈することなく病原微生物を体内に保有し,かつ排出しているものがある。健康保菌者を永続的保菌者または慢性保菌者ということもある。この場合,少なくとも病原微生物が体内に侵入したことがあり,それにもかかわらず発病しない,という前段階がある。これを不顕性感染という。しかし,不顕性感染を起こした人が,すべて健康保菌者になるわけではない。全感染者数に対する発病者数の割合を感染発症指数というが,この指数は麻疹(はしか)では約95%と高く,ポリオ,日本脳炎では1~0.1%と低い。しかし,麻疹では潜伏期保菌者,回復期保菌者の期間が約1週間ある。
→感染
執筆者:豊川 裕之
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