日本脳炎ウイルスにより深刻な脳炎などが起きる疾患。人から人への感染はなく、ブタなどの体内で増殖したウイルスが蚊を介して感染する。大多数は感染しても無症状だが、まれに6~16日間の潜伏期間後に発症することがある。発症すると致死率は2割以上、生存者の約半数に後遺症があるとされる。ウイルスは、東アジアから南アジアにかけて広く分布する。国内では水田で発生するコガタアカイエカが主に媒介し、西日本を中心に毎年数例程度の患者の報告がある。
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日本脳炎ウイルスによる急性感染症で、感染症予防・医療法(感染症法)では5類感染症に分類されている。かつては同じ流行性脳炎の嗜眠(しみん)性脳炎との異同からB型脳炎とか夏季脳炎などといろいろな名称でよばれていた。1948年(昭和23)から67年までは年間発生数が1000例以上、50年には5000例を超える発生もあったが、予防接種などの効果が現れて72年以来100例以下となり、92年(平成4)以降は一桁(けた)まで減少した。多発時には北海道を除く各地で流行し、小児と60歳以上に好発したが、1992年以降は発生地も九州、中国、四国地方を中心とする西日本地区に限局され、また、患者もほとんど高齢者に限られている。
なお、日本脳炎という名称は、この病気が日本にだけあるという意味ではない。日本で最初に認識され、病原、疫学、臨床なども日本でもっともよく研究されたからという意味で命名されたものである。日本脳炎は、韓国、台湾、中国本土、タイ、ミャンマー、インド、さらにマリアナ諸島、フィリピン、スンダ列島に至る西南太平洋地域にも存在し、流行がみられる。
[柳下徳雄]
急に38~39℃の発熱がおこり、かなり強い頭痛のほか、悪心(おしん)や嘔吐(おうと)を伴う。年少者では腹痛や下痢などの胃腸症状もおこることがまれでない。最初は夏かぜや寝冷えによく似ているが、熱はさらに40℃前後に達し、興奮、意識混濁、顔面や手足のけいれんがときどきおこったりして脳炎らしい症状が現れてくる。発病後4~7日が病気の峠で、この時期を過ぎれば熱もしだいに下がって回復に向かうが、肺炎や心筋炎などの合併症をおこすことがある。また、後遺症が高率に現れ、数週から数か月にわたって音声が低く単調になったり、健忘がみられ性格が変調したりするが、重症では手足の強直性麻痺(まひ)が一生残り、性格異常や認知症などの精神障害もおこる。一般に幼小児の後遺症は治りにくく、成人の場合は最初かなり重症でも半年くらいで回復することが多い。
[柳下徳雄]
初期は各種の髄膜炎、脳出血、感冒などと誤診されやすい。症状が強く現れたときは臨床症状と髄液の検査でほぼ診断されるが、確実な診断、とくに他のウイルス性脳炎との鑑別や軽症あるいは不顕性感染であった場合の診断は、血清反応(補体結合反応および赤血球凝集抑制反応)によらなければならない。しかし、この反応は発病後10日以上経過してからでないと現れてこない難点がある。
[柳下徳雄]
原因療法はなく、対症療法のほか、合併症の予防や後遺症の治療など一般的看護に重点が置かれる。ICU(集中治療室)の活用によって救命しうるようになり、後遺症のリハビリテーションも回復期の早期から実施されるようになったが、幼小児の後遺症の回復は困難である。
[柳下徳雄]
乳幼児と高齢者の予後が悪く、また発熱が41℃以上になった場合も悪い。一般的には発病者の約20%が死亡、約20%には重い後遺症がみられ、完全に治癒するのは50~60%である。
[柳下徳雄]
病原ウイルスをもったカ(多くはコガタアカイエカ)に刺されることによって感染し、ヒトからヒトへの感染はない。したがって、日本脳炎はカの発生に関連して7~10月に流行し、ほかの季節にはみられず、流行地域も限定されてくる。また、大部分の人は不顕性感染で、なにも病感がおこらず、流行によって差もあるが、普通10万人について数人が発病するにすぎない。
なお、日本脳炎は家畜伝染病でもあり、ウマ、ウシ、ブタ、ヤギなど大形の哺乳(ほにゅう)類にも流行するが、やはり不顕性感染が大部分で、発病率はヒトとウマがもっとも高い。
[柳下徳雄]
1965年(昭和40)から厚生省(現厚生労働省)では日本脳炎の流行予測を行っているが、これは、日本脳炎がブタやウマの間に流行してから3~5週後にヒトに流行がおこるという事実に基づいて実施されている。毎年5月から10月にかけて各都道府県ごとに、1~3か所の食肉処理場から生後5~8か月のブタ、すなわち前年の日本脳炎の流行に関係のないブタ20頭の血液を毎週集めて日本脳炎に対する抗体の有無を調べる。抗体保有率が50%以上になればブタに日本脳炎の流行がおこったことがわかり、したがって2~3週後にはヒトにも患者発生が到来する可能性があるものとみて、流行予測(流行地指定)が公表され、臨時予防接種の実施が検討される。
[柳下徳雄]
過労や睡眠不足を避け、カを駆除するほか、定期予防接種がある。予防接種法による第Ⅰ期定期接種は、初回免疫をつくるために1~4週間隔で2回日本脳炎ワクチンを皮下注射し、その後約1年を経過した時期に1回皮下注射して追加免疫する。第Ⅱ期定期接種は9~13歳未満に1回皮下注射、第Ⅲ期定期接種は14~15歳に1回皮下注射する。ただし、流行のない北海道と東北の一部の地域では行わない所もある。
[柳下徳雄]
日本脳炎の病原体で、1934年(昭和9)に林道倫(みちとも)(1885―1973)が脳内接種法によって初めてサルに伝播(でんぱ)させ、36年には谷口・笠原(かさはら)らがマウスを使ってウイルスの分離に成功した。アルボウイルスのB群(現在の分類法ではフラビウイルス科フラビウイルス属)に属するRNAウイルスで、セントルイス脳炎や西ナイル脳炎のウイルスと類似するが、病毒の中和試験によって区別される。
なお、日本脳炎ウイルスはカに媒介されてヒトや家畜に感染をおこすが、カのいない冬季をどのようにして越年し翌年ふたたび流行をおこすのか、これがわかれば予防できるわけであるが、まだ不明である。温帯地方では冬眠したカの体内で越年する可能性もあるが、まだ実証されず、カを食べるトカゲやヤモリの体内で越年する可能性や巣立ちのできない野鳥とくにサギ類の体内に保有されるという考えなどもある。また、西南太平洋一帯に分布することから渡り鳥に注目する者もある。なお、感染したウマやブタはその年のウイルスを成育させることはあっても、ウイルスの保有者ではないとされている。
[柳下徳雄]
発熱、頭痛、意識障害、けいれん、
日本脳炎ウイルスに感染したブタの血を吸った蚊(コガタアカイエカ)に刺されて感染します。潜伏期間は1週間前後です。
頭痛、全身
脳波は特徴的で、前頭部にとくにはっきりとした高振幅
ウイルスを抑える薬はありませんので、脳の水を引かせたり、けいれんを抑えたり、脳の酸素消費を抑えたりする薬で治療します。
発熱性の疾患ではどの疾患も同じことですが、高熱だけでは心配することはありません。けいれんも多くの場合には2~3分以内に治まる熱性けいれんなので、体を横にして楽な姿勢をとらせて様子をみます。嘔吐があると
けいれんが治まっても呼吸が不規則だったり、顔色が悪いままだったり、あるいはけいれんが10分以上続いたり、何度も繰り返す時にはすぐに小児科医のいる、入院施設のある病院を受診してください。内科医や外来診療だけの病院に行くのは時間の無駄ですし、手遅れになる場合もあります。
日本では日本脳炎が子どもに発病することはほとんどなく、予防接種の必要性を否定する向きもあります。しかし、北海道以外の地域では毎年夏になると日本脳炎汚染ブタが多数出ているので、定期接種を忘れないようにします。改良ワクチンが開発されています。
脇口 宏
出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報
日本脳炎ウイルスによって起こる感染症。1871年(明治4)の夏から秋にかけて京都で流行した脳炎が今日の〈日本脳炎〉の正式記録の始まりである。日本脳炎は長い間,他の脳炎,とくに嗜眠性脳炎(エコノモ型,A型,冬季脳炎などとも呼ばれる)と混同されて,いろいろな名称で呼ばれてきた。すなわち,1903年の東京で流行した〈吉原風邪〉に始まり,仮性脳脊髄膜炎,夏季脳炎,B型流行性脳炎,日本流行性脳炎などと呼ばれてきたが,その後に日本脳炎に統一された。68年以降は真性の日本脳炎は激減し,九州など西日本に限局して発症をみるにすぎなくなり,94年度は全国で真性患者は6人で,死亡は1人となっている。疑似患者の多くは他のウイルス性脳髄膜炎,その他である。ただし,日本脳炎は日本以外では流行し,東部インドで大流行しているほか,台湾,中国,韓国,ミャンマー,タイ,カンボジア,マレーシア,フィリピン,インドネシアでも患者が多いので,流行地への渡航者や駐在者には予防注射が有用である。
病原体はウイルスで,1933年に分離された結果,エコノモ型(A型)脳炎と明らかに異なる脳炎であることが判明した。日本脳炎は,カなどの節足動物で媒介されるアルボウイルスのBグループに属する日本脳炎ウイルスによって起こる感染症であるが,ヒトからヒトへの直接の感染はない。RNAウイルスで,ヒトへの感染はコガタアカイエカに刺されると起こり,人体に入ったウイルスは脳外で増殖した後に血行を介して脳に至り脳内で増殖して発症する。ヒト以外でもウマ,ブタに感受性が高く,コウモリや鳥類(渡り鳥),カエルなどでも感染する。ウイルスの供給者ないし増幅動物としてとくにブタが注目され,養豚場のブタ→カ→ヒトへの伝播が主たる感染経過とされ,都市での養豚場の消滅で流行がなくなった。子ブタは一夏を過ごすと100%抗体を獲得するため,一定地域でのブタの抗体保有率が50%に達した時点で,日本脳炎の流行地指定が行われて新聞などで報道される。流行は九州南部に始まり,本州に移って東北に進む〈北進現象〉がみられる。
前駆症状がなくて突然高熱で発症し,短時日で意識障害などが現れ,高熱が続いて傾眠昏睡におちいる。診断は血液中の抗体価の上昇で行うが,ウイルスの分離は困難。最近ではICU(集中治療室)で高度な医療が行われるようになって救命しうる病気となり,そのため回復期の早期より記憶や言語・運動障害に対する回復訓練が行われ,リハビリテーションを行うまでに進歩した。
執筆者:青木 隆一
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(2012-10-21)
…脳実質の炎症による神経疾患で,病原体の脳実質への直接の影響によるもの,各種感染症に続発したり予防接種後などにおこるアレルギー性機序の考えられるものがある。(1)病原体が脳実質を直接侵すことによる脳炎 日本脳炎,エコノモ脳炎,単純ヘルペス脳炎などをはじめ病原体はほとんどがウイルスである。症状は発熱,頭痛,吐き気,嘔吐などで始まり,意識障害や精神症状を呈するようになる。…
※「日本脳炎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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