改訂新版 世界大百科事典 「個体数推定法」の意味・わかりやすい解説
個体数推定法 (こたいすうすいていほう)
method of population estimation
人口統計が人間社会の基礎的情報の一つであるように,個体数あるいは生息密度は動物の個体群に関する重要な情報である。生態学の基礎的知見としてだけでなく,農業害虫の抑制,水産資源管理などとも関連して,実際的な面でも個体数推定は必要となる。そのため古くから個体数推定法について理論的あるいは技術的に開発が続けられてきた。最も単純には,対象個体群の成員をすべて計数すればよいわけだが,これは大型動物の小さな個体群を除いてはほとんど不可能といってよい。したがって標本について計数したり,あるいは間接的な推定にたよることとなる。とくに水生生物については,特別な場合以外,直接計数は不可能で,そのためにいろいろな推定法が発達した。ところで,本来なら個体数推定に関しては対象個体群の規定の仕方がまず問題となるが,ここでは推定の方法論に限って述べることとする。また,個体数と密度(通常は単位面積当りの個体数,場合によっては1枚の葉あるいは1本の木当りの個体数)の区別をはっきりさせなければいけない場合もあるが,対象・目的に応じておのずと決まるので,ここではこの点にも深入りしない。推定には直接計数する方法と間接に推定する方法とがある。
直接計数
個体群の成員をなんらかの方法を用いて計数する方法だが,全部を計数するのはまず無理なので標本について計数して密度を知ることになる。必要に応じてこれを引きのばして総数の推定を行う。標本の取り方としては枠取り法(一定面積を決め,その中の全数を計数する),線あるいは帯状調査域法(一定の線上,あるいはそれに幅をもたせた帯状域内の個体数を計数する)といった現地での直接観察と,なんらかの方法で生物を採集して推定する方法とがある。前者には飛行機による大型哺乳類の調査(センサス)や深海底の写真による調査なども含まれるし,クジラ類の船からの目視計数,遡上(そじよう)あるいは降海するサケ・マス類を魚道で計数することなどもこのカテゴリーである。流れ藻を航空写真で計数し,この下についているモジャコ(ブリの稚魚)の数を推定した例もある。近時さかんになってきた魚群探知機を用いて魚体単体あるいは魚群から得られるパルスを解析して資源量を推定する方法もここに入る。このほか定着性の生物については,ある定点から各個体までの距離や個体間の距離を測ることによって,密度を推定する方法がある。この場合,生物がどのように分布しているか分布様式を考慮する必要がある。
なお生物自体でなく,巣,糞(ふん),足跡,食痕,鳴声などの生活を反映する手がかりを利用するのも本法の変形といえる。生物を採集する方法には捕虫網,プランクトンネット,土壌採取器,採泥器,各種漁具などを用いる積極的な場合と,生物の走性を利用する各種のトラップ(誘蛾灯,餌わな,筌(うけ)など)を用いる受動的な場合とがある。いずれの場合も知ることができるのは相対的な密度であり,経年的あるいは地域的比較は同一方法を用いるかぎり行えるが,捕獲効率などがわかっていないと絶対密度はわからない。
間接推定
間接推定には各種の比推定に基づくものと,捕獲を行い,その捕獲が個体数に影響する程度を解析して推定を行う捕獲量解析法とがある。
(1)比推定法 この代表的なものは標識を利用するもので,生物に各種の標識を施して放し,後日の再捕結果を用いて個体数の推定を行うものである。放した標識個体が対象個体群の中で占める率(標識率)をその後の再捕標本中の標識個体の率から推定し,(放した数)/(標識率)で資源量を推定する。数がわかっていない碁石,例えば黒石の中に,20個とか30個といった数のわかった白石を入れ,よく混ぜて一部をとり出し,その黒:白の比率から黒石の数を推定するといった方法である。この方法で重要なのは標識率が正確に推定されることで,これを乱すような要因(標識個体が標識されたことの影響を受けて非標識個体と異なる行動--死亡率の変化も含めて--をとるなど)が働かないことを仮定している。この仮定が満たされないと推定値は過小あるいは過大になるが,それを克服する種々の解析法が考えられている。この方法では個体群の大きさだけでなく,他の情報,例えば,死亡率,成長,行動(移動・分布・回遊)なども知ることができる。漁業で古くから広く応用されている標識放流(魚体にマークや標識をつけて放流し,漁業によって再捕される状況から資源を推定する)はこの方法を用いた例である。
比推定法の2番目は比率の変化から推定する方法である。シカなどは狩猟の対象としては角のある雄がねらわれることが多い。このように個体群の構成グループに捕獲圧力の差があると,捕獲の前後で比率に差が生ずる。捕獲前後の組成がわかれば,それぞれの捕獲数と組成の変化から,簡単な比例式を使って個体数を推定することができる。個体群内のグループとしては雌雄の場合もあるし,大きさ別のグループの場合もある。また,湖の2種の魚種についての比を用いた例もある。
このほか魚類個体群について,産卵期に産卵場で産卵量の調査を行い,総産卵量から産卵親魚の数を推定することが行われるが,これも比推定の一種である。
(2)捕獲量解析法 小型の哺乳類のわなによる捕獲や,ときには狩猟記録を使って解析されることもあるが,漁獲量・漁獲努力量の資料が整備されている漁獲対象種について行われることが多い。水産資源学では漁獲統計資料解析法と呼んでいる。ある魚種のある月の漁獲量は出漁船数,延べ出漁日数,あるいは延べ引網回数など,漁獲努力量によって変化するが,1日1隻当り,あるいは1引網当りといった単位努力当りの漁獲量は資源密度に比例すると考えられ,資源の大きさの相対的な尺度としてよく使われる。ある閉鎖的な個体群があって,主として漁獲によって数が減っていく場合,単位努力当り漁獲量は時間の経過とともに減少する。このとき,その減り方は累積漁獲量あるいは累積努力量とある関数関係をもち,この関数のパラメーターとして資源量(と漁獲能率)を推定することができる。小型哺乳類や昆虫あるいはその他の生物で,実験的に捕獲を続けて,その経過にこの解析法をあてはめることもあるが,その場合除去法とも呼ばれる。
以上のように,個体群の大きさあるいは密度の推定法にはいろいろの方法がある。これらの方法で得られる推定値は,条件にもよるがかなりの誤差を含むのが常である。対象とする生物種によって,適用できる方法はかなり限られる場合もあるが,できれば独立にいくつかの方法で推定し,推定値の検討を行うことが望ましい。漁業対象種である水産生物の場合,漁獲が行われているわけで,漁期前の資源量がその漁期の漁獲量を下回ることはあり得ない(漁期中に加入がなければ)。したがって資源量の推定値が漁獲量から考えられる水準を下回るようでは,その推定方法が妥当でないことは明らかである。
→標識法
執筆者:清水 誠
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報