沿岸国の管轄権の下にある大陸棚より外側の海底区域(海底とその地下)。この深海底区域には,マンガン,ニッケル,コバルトなどの非鉄金属を多量に含むマンガン団塊が豊富に存在しており,最近の採取技術の進歩により,その開発が可能な段階に到達している。これまでの公海自由の原則によれば,公海である深海底の鉱物資源の開発・管理はどの国でも自由に行うことができた。しかし,1982年に採択された国連海洋法条約は,大陸棚の外側の限界を明確に定めるとともに,その外側の海底区域については,国際管理に服する新しい国際制度を導入した。
その最初の契機となったのは,1967年の国連総会でのマルタのパルド大使の提案であり,これを受けて国連に海底平和利用委員会が設立され,深海底制度の討議が行われた。70年の国連総会で〈深海底を律する原則宣言〉が採択され,深海底とその資源は〈人類の共同の遺産〉であって,今後合意される国際制度に従って開発されること,開発に際しては発展途上国の利益と必要をとくに考慮すべきことなどが決議された。第3次海洋法会議では深海底制度が重要議題の一つとしてとり上げられ,とくに開発の具体的な方式をめぐって先進技術国と発展途上国の見解が激しく対立したが,難産の末,国連海洋法条約中の深海底制度の規定が成立したのである。
1982年の海洋法条約によると,まず,深海底の法的地位として,深海底とその資源は〈人類の共同の遺産〉であり,どの国も深海底とその資源に対して主権または主権的権利を主張し行使してはならず,深海底を専有してはならない。深海底の資源に対するすべての権利は人類全体に付与され,深海底における活動は,発展途上国および非自治地域の人民の利益と必要に特別の考慮をはらって,人類全体のために行われ,その開発利益は,国際機構によって衡平に配分されなければならない。深海底は,また,すべての国による平和利用に開放される。
次に,制度面としては,深海底の資源を管理し,深海底における活動を組織するために,〈国際海底機構〉が設立される。機構の主要な機関は,総会,理事会,事務局である。さらに,深海底資源の開発に直接従事する実施機関として〈事業体〉が機構の内部に設立される。深海底資源の開発方式については,深海底区域を,機構(すなわち事業体)が直接に開発する鉱区と,機構と契約した国家および私企業の開発に開放される鉱区とに二分する,いわゆるパラレル(並列)方式が採用された。
国連海洋法条約の定める以上のような深海底資源の開発制度に対して,より自由な開発を望むアメリカを中心とする先進諸国は強い不満を表明し,同条約への参加を差し控えた。94年7月28日の国連総会において,海洋法条約の第11部を実質的に修正する〈海洋法に関する国際連合条約第11部の実施に関する協定〉(以下,実施協定)が採択された。同実施協定は,96年7月28日に正式に発効した。
実施協定は深海底制度について定めた海洋法条約第11部の規定とあわせて単一の文書として一括して解釈・適用されるものとされ,両規定の間に抵触がある場合には実施協定が優先するとされた。今後新規に海洋法条約に参加する国は,同時に実施協定へ参加することに同意したものとみなされる。
実施協定は,(1)機構の組織および活動を簡素化し,(2)理事会の権限を強化して,アメリカおよびロシアの両国を常任の理事国とし,(3)理事会の意思決定について,利害関係別の区分に基づくチェンバー表決制度を導入することで,先進国の利益を保護できるようにし,(4)海洋法条約において締約国および企業に対して課されていた,事業体への強制的技術移転に関する規定を適用しないこととし,(5)深海底資源の生産制限を撤廃し,などとした。
→海洋法 →大陸棚
執筆者:尾崎 重義
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
排他的経済水域および大陸棚の外側に広がる公海の海底をいう。1982年の国連海洋法条約により、深海底(Area)に新しい国際制度が設立された。それは、深海底の区域と資源は人類の共同財産であって、人類全体を代表する国際機構が資源開発を管理するという趣旨のものである。そして、この目的を実現するために国際海底機構が設立されること、深海底資源の開発は、国際海底機構の下部機関である事業体(エンタープライズ)によって実施されるが、締約国の企業も機構の認可と管理のもとに資源開発に従事できること、資源開発からあがる利益は、機構を通して国際社会の諸国に公平に分配されること、深海底から得られる鉱物と同種の鉱物資源を陸上で生産している国に経済的打撃を与えないために、深海底資源の生産量を制限すること、締約国や企業に対しては、事業体の行う開発を容易にする観点から、いわば強制的な技術移転の義務が課されること、また、機構の認可を得て深海底活動を続けるうえでは、機構に対して高額の支払義務を課されることなど、まったく新しい地球資源の開発に関する国際管理制度が設立された。
しかし、アメリカなど欧米の先進国は、深海底制度に強い不満を持っていた。深海底制度の下で先進国やその企業に課される負担が大きすぎると考えたからである。国連海洋法条約の採択後、先進国で条約の締約国になる国はまったくない状況が続いた。そのため、先進国が条約に参加しなければ、条約の意義が失われてしまうと危惧(きぐ)したペレス・デクエヤル国連事務総長は、1990年代に入り、深海底制度を見直すための非公式協議を提唱した。この提唱は功を奏し、国連海洋法条約が発効する直前の94年7月には、先進国が不満を抱いていた深海底制度の規定、とりわけ生産量を制限したり、技術移転を義務づける規定は適用しないとするなど、深海底制度を実質的に修正する深海底制度実施協定が採択されたのである。実施協定と国連海洋法条約は単一の文書として、一括して解釈・適用され、実施協定の締約国になる国は、国連海洋法条約の締約国にもなる必要がある。こうして、実施協定の採択以後、国連海洋法条約の締約国になる国は先進諸国も含め一挙に増加し、その普遍性は急速に高まった。なお、実施協定が採択されたといっても、深海底とその資源が人類の共同財産とされることや、人類全体を代表する国際海底機構が資源開発を管理するといった、深海底制度の基本的な仕組みは維持されている。
[田中則夫]
『高林秀雄著『アメリカの深海底開発法』(1981・九州大学出版会)』▽『高林秀雄著『国連海洋法条約の成果と課題』(1996・東信堂)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…ここから約4000mまでの深さの海底の占める面積は小さく,その傾斜は急で,これを大陸斜面という。しかし,約4000mから約6000mまでの海底の占める面積はきわめて広大で,全地球の面積の半分を占めており,これが深海底の部分である。さらに約6000mよりも深いところはごく狭く,全海洋の1.2%しかない。…
…この意味で海底地形は構造地形と考えられることが多い。海底地形は深海底と大陸縁辺部の地形に大別される。
[深海底の地形]
プレートテクトニクスの考え方によると,構造運動はプレート運動によって起きる。…
…最近の海洋利用は質量ともに目覚ましいものがあるが,それを反映して海洋法の規制する範囲も多岐に及んでいる。すなわち,(1)公海,領海,排他的経済水域などの水域で構成される海洋秩序,(2)海洋や海峡における航行や上空飛行の問題,(3)生物資源や鉱物資源などの開発の問題,これに関連して大陸棚や深海底などの新たな法制度,(4)海洋汚染,海洋環境保護の問題,(5)海洋の科学的調査,海洋技術の開発と移転の問題などである。海洋法は,国際法のなかでも最も古い歴史をもつ分野であるが,〈海洋法Law of the Sea〉という言葉が用いられたのはごく最近である。…
※「深海底」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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