元好問(読み)げんこうもん(英語表記)Yuan Hao-wen

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

元好問
げんこうもん
Yuan Hao-wen

[生]明昌1(1190)
[没]憲宗7(1257)
中国,金末元初の文学者太原府秀容 (山西省忻県) の人。字,祐之。号,遺山。幼時から神童の名が高く元才子と呼ばれた。興定5 (1221) 年進士及第。地方の知事をしばらくつとめ,正大8 (31) 年尚書都省掾,天興3 (34) 年左司員外郎となったが同年金の滅亡にあい,中国北方を遊歴しつつ著述に専念して一生を終った。その文学活動は南宋の文壇にはまったく知られていなかったが,陶淵明杜甫蘇軾黄庭堅,特に杜甫の詩風に学び,重厚な詩風で当時の第一人者であったといえる。金史編纂しようとして妨害にあい,多くの貴重な史料を残したまま果さなかった。金詩の選集『中州集』を編んだほか,著として『元遺山先生文集』『遺山楽府』『続夷堅志』が現存する。

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デジタル大辞泉の解説

げん‐こうもん〔‐カウモン〕【元好問】

[1190~1257]中国、金末・元初の詩人。太原(山西省)の人。字(あざな)は裕之。号、遺山。金代最高の詩人とされ、当時の詩を集めた「中州集」を編集。詩文集「元遺山先生集」。

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百科事典マイペディアの解説

元好問【げんこうもん】

中国,金末元初の詩人。太原の人。字は裕之,号は遺山。1219年進士。任官中金の滅亡にあい,以後仕官せず,遊歴と著述の生活を送る。七国の悲劇を題材とした作品も多い。その詩は風格が高く,中国詩の正統を受け継ぐとともに,新分野を開拓。晩年国史編纂(へんさん)のため各地から収集した資料は未完成に終わったが,後の《金史》に大いに貢献。

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世界大百科事典 第2版の解説

げんこうもん【元好問 Yuán Hào wèn】

1190‐1257
中国,金の詩人。金は,1115年(収国1)女真人(満州族)によって建国され,1126年(天会4)北宋を倒して中国の北方に君臨した王朝であるが,元好問は唐の詩人元結(719‐772)を祖先に持つ漢民族であった。太原府忻(きん)州秀容県(今の山西省忻県の地)に生まれ,字は裕之,号は遺山。父は元徳明といったが(実名は不明),生後7ヵ月のとき,叔父の元格の養子となった。20歳ごろから以降,何度も金の科挙(官吏採用試験)に受験したが合格せず,32歳のとき,ようやく進士に及第,35歳のとき詞科(高級試験)に合格して,はじめて権国史院編修に任ぜられた。

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大辞林 第三版の解説

げんこうもん【元好問】

1190~1257) 中国、金末・元初の詩人・学者。字あざなは裕之ゆうし、号は遺山。金史の撰述を志し、金代の詩の総集「中州集」などを編纂。詩文集「元遺山先生全集」がある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

元好問
げんこうもん
(1190―1257)

中国、金の文人。字(あざな)は裕之(ゆうし)、号は遺山(いざん)。忻州(きんしゅう)(山西省)の人。幼時より学に志し、長じて隠逸の学者赫天挺(かくてんてい)に師事。32歳のとき科挙合格、国史編修官、地方官を歴任。1232年、蒙古(もうこ)軍の国都(べんけい)(開封)攻囲の際には左司都事(文書官)として中央にあった。やがて34年亡国、そして虜囚と体験を重ねるが、そのなかから生まれた凄切(せいせつ)きわまりない慷慨(こうがい)の歌謡は「喪乱詩」として名高い。金朝覆滅後は遺民として著作に専念する。金史の撰述(せんじゅつ)を企てて各地を歴遊、また金一代の詩の総集『中州集』を編んだ。いずれも蒙古支配下で滅びゆく金朝の事跡、文化の保持を意図したものである。元末に成る『金史』は彼の草稿によるところが多い。詩文は『遺山先生文集』40巻に残る。[小栗英一]
『小栗英一注『中国詩人選集2集9 元好問』(1963・岩波書店) ▽鈴木修次著『漢詩大系20 元好問』(1965・集英社)』

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精選版 日本国語大辞典の解説

げん‐こうもん ‥カウモン【元好問】

中国、金末・元初の詩人。字(あざな)は裕之。号は遺山。山西忻州の人。官は行尚書省左司都事。金の滅亡後、仕官せず、金朝の事跡採録、著述に専心した。著「元遺山先生文集」「中州集」など。(一一九〇‐一二五七

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世界大百科事典内の元好問の言及

【中国文学】より

… 南宋のころ北方を占拠した金とそれにかわって全土を支配した元,二つの異民族の統治の下でも漢民族の文化は維持された。金末・元初の元好問が代表的な詩人で,南宋の学者に劣らぬ博識をそなえていた。彼の作は晦渋ではなく,卑俗におちいらず,格調の高いものである。…

【中州集】より

…この場合の〈楽府〉は,詞をいう。金の元好問が,1233年(天興2),金の滅亡を前にして,王朝の文化を後世に残すために編集したもの。帝王以下,金一代の詩人249人の作品を,それぞれに小伝をつけて採録したもの。…

※「元好問」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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