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三頭政治 さんとうせいじ triumviri; triumvirate

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

三頭政治
さんとうせいじ
triumviri; triumvirate

ローマ共和政末期の有力政治家の同盟による一種の寡頭政治。一般に前 60~53年ユリウスカエサル,グナエウス・ポンペイウス,リキニウス・クラッススによるものを第1次,前 43~36年オクタウィアヌス (アウグスツス ) ,M.アントニウス,アエミリウス・レピドゥスによるものを第2次と呼ぶ。

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デジタル大辞泉の解説

さんとう‐せいじ〔‐セイヂ〕【三頭政治】

三人の有力政治家の結びつきによって行われる政治。寡頭政治の一形態。特に、前60年にカエサルポンペイウスクラッスス、また、前43年にオクタビアヌスアントニウスレピドゥスの三人が結んでローマ共和政末期の実権を握ったときの政治形態。

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百科事典マイペディアの解説

三頭政治【さんとうせいじ】

古代ローマ共和政末期の3人の有力政治家の連携による政治形態。第1回は前60年ポンペイウスクラッススカエサルの間に結ばれた私的な結合。前53年クラッススの戦死で解消,のちカエサルの独裁制が始まった。
→関連項目キケロ

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とっさの日本語便利帳の解説

三頭政治

古代ローマ共和制末期、ユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー。前一〇〇頃~四四)が元老院に対抗すべく、ポンペイウス、クラッススと共に始めた、三政治家の盟約に基づく連合政治。第一回三頭政治はカエサルとポンペイウスの対立により解消。

出典|(株)朝日新聞出版発行「とっさの日本語便利帳」
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世界大百科事典 第2版の解説

さんとうせいじ【三頭政治 triumvirate】

帝政成立前夜のローマで,有力将軍が連携して元老院を制肘(せいちゆう)し共和政体を空洞化させてゆく際の特徴的政治形態。前43年アントニウス,オクタウィアヌス(アウグストゥス),レピドゥスの三者が民会決議で〈国家再建のための三人委員〉となり,全権を掌握した事態を第2次三頭政治と呼び,前60年ポンペイウスカエサルクラッススが私的盟約により国政を牛耳ったのを,〈三人委員〉との類似から第1次三頭政治と呼ぶ。

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大辞林 第三版の解説

さんとうせいじ【三頭政治】

古代ローマ共和制末期の有力三政治家の盟約に基づく独裁政治。第一回(前60~前53)はポンペイウス・カエサル・クラッスス、第二回(前43~前33)はアントニウス・オクタビアヌス・レピドゥスによる。

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

三頭政治
さんとうせいじ
triumviratusラテン語
triumvirate英語

元来は古代ローマの官職「三人委員」をさす。転じて3人の政界有力者が結んで政権を独占することをいう。ローマ史上では、二つの三頭政治が有名である。[吉村忠典]

第一次

紀元前60年にポンペイウス、カエサル、クラッススの3有力者が、閥族を中心とする元老院に対抗して、政治上その三者いずれの利害に反することも行わないことを密約して結成。翌年コンスル(統領)に就任したカエサルの権力と、政界におけるポンペイウスの権威と、クラッススの富がこの政権独占を可能にした。この結合は前56年のいわゆる「ルカの会談」で再確認されたが、前53年にクラッススが東方で戦死したため解消し、やがてポンペイウスとカエサルが内乱で戦い、後者が勝利を得て独裁政を樹立した。[吉村忠典]

第二次

前44年にカエサルが暗殺されたのち、その養子オクタウィアヌス(アウグストゥス)と遺将アントニウスおよびレピドゥスの三者は、前43年11月にティティウス法によって任期5年の「国家再建のための三人委員」Triumviri rei publicae constituendaeに任命され、二度目の三頭政治を行った。翌年三者は協力してカエサル暗殺者をフィリッピPhilippiの戦いで破り、その一派を厳しく追放した。三者の地位は前37年春さらに5年延長されたが、やがてレピドゥスが排除され(前36)、前31年には、クレオパトラと結ぶアントニウスとオクタウィアヌスはアクティウムで戦い、後者が勝利を得て帝政樹立に至った。[吉村忠典]

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世界大百科事典内の三頭政治の言及

【アントニウス】より

…前44年3月,カエサルが暗殺された後,追悼演説で人望を集め,その後継者たらんとしたため,オクタウィアヌス(後のアウグストゥス)と元老院との3者の間に権力争いが展開した。しかし前43年11月にオクタウィアヌスおよびレピドゥスとともに5年間の国家再建三人委員会を形成し(いわゆる第2回三頭政治),政敵を追放し,元老院勢力の中心キケロを抹殺した。次いで前42年には,カエサル暗殺者のブルトゥス,カッシウスの連合軍を,オクタウィアヌスとともにフィリッピにおける2回の合戦の末破り(フィリッピの戦),元老院支配体制の息の根をとめた。…

【カエサル】より

クラッススの後ろだてで債鬼から逃れ,前61‐前60年には〈かなたのスペイン〉の長官としてルシタニ族を討ち,戦利品で部下および国庫を潤し,政治的・軍事的に実力を貯えてゆく。前60年には,ポンペイウス,クラッススと同盟を結んで,私的な結合たるいわゆる第1回三頭政治をはじめ,両者の援助で前59年のコンスル(執政官)に就任した。 コンスルとしては,ポンペイウスの老兵および無産市民に土地を割り当てる,2回にわたる国有地分配法案,ポンペイウスの東方平定を認める法案,徴税請負法案,不当取得取締法案,アレクサンドリアの王に関する法案を通し,ポンペイウスとの結びつきを固めるとともに民衆の人気を得ようとした。…

【クラッスス】より

…共和政末期ローマの政治家,将軍。いわゆる第1回三頭政治を行った。スラのもとで武勲をたてた後,前73年の法務官職を経て,前72年スパルタクスの反乱を鎮定し,ポンペイウスとともに前70年のコンスル(執政官)に選ばれ,護民官職権の回復をはかった。…

【ポンペイウス】より

…共和政末期ローマの政治家,将軍。いわゆる三頭政治家の一人。父ゆずりのピケヌム(中部イタリアのアドリア海に面する地方)の地を軍事的・政治的・経済的地盤(クリエンテル)として政界に登場した。…

【ローマ】より

…この間にガリア・キサルピナ,ビテュニア,キリキア,クレタ,キュレネが相次いでローマの属州として組織されるとともに,前64年シリアもポンペイウスによって属州とされ,アルメニア,アラビアの一部までローマの勢力下に入れられた。 カエサルは初めポンペイウス,クラッススと私的な政治的同盟(第1次三頭政治。前60)を結び,それに基づいて前58年より前50年までガリアに滞在し,そこのケルト人諸族を鎮圧してこれを属州とし,ライン川,イギリス海峡までローマの支配領を拡大した。…

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