公議所(読み)こうぎしょ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

公議所
こうぎしょ

明治2 (1869) 年に開設された明治政府の議事機関。各藩から1名ずつ任命された公議人から成る。幕末以来の公議思想の実行を意図したもので,審議は各方面にわたった。同年7月の官制改革により集議院改称された。

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百科事典マイペディアの解説

公議所【こうぎしょ】

幕末以来の公議思想の実行を意図して設けられた明治政府の立法諮問(しもん)機関。議政官(ぎせいかん)下局とその内部機関貢士(こうし)対策所の後身として1869年3月開所。各藩1名ずつ(計227名)の公議人で組織され,政府提出の議案を審議した。同年7月官制改革で集議院と改称。

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世界大百科事典 第2版の解説

こうぎしょ【公議所】

明治初期の立法諮問機関。1868年(明治1)12月6日公議所設置が布達され,翌69年3月7日開所,各藩から1名ずつの公議人が選出され,任期4年,2年ごとの半数改選などの規定を設けて運営した。政府からも各官より1名ずつ出席し,諸学校からも公議人が1名ずつ選出されたが,府県からは選出されなかった。議長は議政官下局議長であった秋月種樹。公議所は議政官下局およびその内部機関である貢士対策所の後身で1868年8月1日の貢士対策所の廃止,9月19日議政官の廃止と議事体裁取調所の設置が行われ,後者における審議をへて公議所の設置が決定された。

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大辞林 第三版の解説

こうぎしょ【公議所】

1869年(明治2)3月開設の立法機関。公議人によって構成され、国事を審議したが、同年七月の官制改革により集議院と改称。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

公議所
こうぎしょ

明治初年の立法機関。1868年(慶応4)閏(うるう)4月21日、維新政府は政体書に基づいて三権分立の方針を示し、立法機関として議政官上下局を設置した。しかし行政官の権限が強くて、議政官は有効に機能しなかった。そのため、政府は議事体裁取調所を設けて調査にあたらせ、同年末、議政官下局―貢士(こうし)対策所にかわって公議所の新設を決定した。公議所は相当の立法権をもち、議員は各藩の代表者たる公議人、在任期間は4年、2年ごとの半数改選、会議日は毎月2の日、7の日であった。69年3月に開院。多くの法案を作成したが、政府内部に公議所を無用とする意見があり、同年7月8日の太政官(だじょうかん)制改革に伴い廃止され、集議院に変わった。[井上 勲]

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