国家に代表されるような諸制度が、人間の観念的・心的な働きによって創造されると考える立場をとった場合の、そこで作用する人間の集合的な想像力。
思想家で詩人の吉本隆明(たかあき)が『共同幻想論』(1968)で提起した概念。そこでは人間の観念領域は「自己幻想」「対(つい)幻想」「共同幻想」という三つの領域に区分される。「自己幻想」は文学や芸術が扱ってきた個体の領域、「対幻想」は家族や男女関係の領域、「共同幻想」は共同体や国家の領域であると説明される。吉本は幻想領域を概念化することで、マルクス主義が扱ってきた経済領域と観念領域の結びつきを、相互に切り離した状態で考察できるようになると考えた。
すなわちマルクス主義における観念領域を表す上部構造を「手垢がついている概念」であるとして、それを「全幻想領域」といいかえる。その構造の解明はどのように可能になるのかという問題意識から、三つの幻想領域が概念化された。また「共同幻想は個体の幻想とは逆立する」といった表現に、マルクスのフェティシズム論(人間が作り出した商品世界に人間自身が従属させられる状況)の影響をみることもできよう。
あるいはフランスの社会学者エミール・デュルケームによる集合表象(個人表象と区別され、それ独自のまとまりをもつと考えられる集団の観念)との類似性も指摘できる。同様に日本では、中村雄二郎による「共通感覚」、廣松渉による「共同主観」などが近しい領域を指し示す概念として使用されている。
吉本と経済人類学者の栗本慎一郎(1941― )との対談『相対幻論』(1983)では、カール・ポランニーの提示した実在的(物的要素を統括する上位の次元)視座との交錯が確認された。ドイツ中世史学者の阿部謹也(きんや)が指摘するように日本の「世間」と西欧の「社会」は別物であるとするならば、西欧「社会」を対象に構想される諸概念からは抜け落ちた「情念」の投影が吉本の「共同幻想」概念に含まれる点に、その独自性をみることも可能である。だが文化人類学的資料の解釈は多様であり、例えば「トーテミズム」と「ネーション・ステート(国民国家)」を「共同幻想」として同列に論ずることが可能なのかどうか、疑問の声もある。
[織田竜也]
『『吉本隆明全著作集』全15巻(1968~74・勁草書房)』▽『吉本隆明著『共同幻想論』』▽『吉本隆明・栗本慎一郎著『相対幻論』(以上角川文庫)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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