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共約不可能性 きょうやくふかのうせい

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大辞林 第三版の解説

きょうやくふかのうせい【共約不可能性】

〘哲〙 アメリカの科学史家クーンが提唱した科学論上の概念。異なるパラダイムに属する科学理論の間には、両者の優劣を比較する共通の尺度は存在しないとする説。科学は連続的に進歩するという通念に打撃を与えた。通約不可能性。 → パラダイム

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

共約不可能性
きょうやくふかのうせい
incommensurability

元来は、1との比のように、いかなる整数比によっても表現できない量的関係を表す数学用語で、「共通の物指しで測れないこと」を意味する。科学史家、科学哲学者のトーマス・サミュエル・クーンが『科学革命の構造』The Structure of Scientific Revolutions(1962)において科学史上の異なる研究パラダイム間の関係を表現するために用いたことにより、科学史、科学哲学の重要な用語となった(ただし『科学革命の構造』の邦訳では、“incommensurability”という語に対して定まった訳語は与えられていない)。「パラダイム」とともにクーン独自の科学観を特徴づける最も重要な概念の一つである。現在では科学史、科学哲学を超えて、前提を大きく異にする二つの観点の関係を表す一般的思想用語としても広く用いられている。
 クーンによると科学史は通常科学と科学革命という2種の時期が交互に訪れることにより進行する。ある分野の通常科学に属する研究は一定の共通のパラダイムの下で行われるが、そうしたパラダイム下での研究が行き詰まったとき、旧パラダイムとは全く異なるパラダイムが生まれ、旧パラダイムに取って代わった新パラダイムの下で再び通常科学が営まれる。この旧パラダイムから新パラダイムへの転換が科学革命であるが、新旧両パラダイムは根本的な前提やものの見方において大きく異なるために相互に共約不可能であり、それゆえ異なったパラダイムに属する二つの理論を共通の客観的事実に基づいて比較し、どちらがより正しいかを一義的に決定する確定した手続きは存在しない。クーンはこのことを科学史上の広汎な例を用いて示した。
 物質の燃焼を「酸素」という元素との結合とみなすことによって、まったく新しい元素概念を生み出し、近代化学の出発点となったラボアジエの化学革命を例に取り、パラダイム間の共約不可能性をみると次のようになる。クーンによると異なるパラダイムは、(1)何が科学的な問いかという科学性の基準が異なり、(2)同じ言葉が異なる意味をもち、(3)異なるパラダイム下の人々は「同じもの」を見ながらも異なるものを見る、という三つの点において共約不可能である。具体的には、(1)あらゆる物質が火、空気、水、土の四元素からできていると考える、アリストテレスの四元素説に基づく旧パラダイムにおいて金属は元素ではなく化合物であるため、例えば、金の組成や合成についての問いはれっきとした科学的な問いであったが、ラボアジエの新パラダイムにおいて金属は元素であるため、こうした錬金術的な問いはもはや科学的な問いではなくなる。(2)旧パラダイムにおいて「空気」は純粋で均質な元素の一種を意味するが、新パラダイムで「空気」は地表に存在するさまざまな気体の混合物を意味する。(3)ジョゼフ・プリーストリーとラボアジエはそれぞれ、実験においてまったく同一の気体の分離に成功したが、旧パラダイムに属したプリーストリーがそれを「脱フロギストン(燃素)空気」とみたのに対し、新パラダイムの創始者であるラボアジエはそれを「酸素」とみた。
 クーンの共約不可能性という概念とその一般的応用に関しては、次の2点に留意する必要がある。異なるパラダイムに属する理論のどちらがより正しいかを一義的に決定する手続きが存在しないということは、科学における理論選択がまったく無根拠に行われていることを意味しない。それが意味するのは、現実に科学者はさまざまな要因を総合的に勘案し理論を選択しているが、その過程を明示的に規則や言葉で表現できないということである。第二に、二つの観点間の「共約不可能性」は、それらがどれだけの前提を共有し、どれだけを共有しないかによって量的に変化するものであるから、単にそれらが共約不可能か否かのみならず、どの程度共約可能で、どの程度不可能なのかが問題とされる必要がある。[鬼界彰夫]
『トーマス・クーン著、中山茂訳『科学革命の構造』(1971・みすず書房) ▽H・バターフィールド著、渡辺正雄訳『近代科学の誕生』上下(講談社学術文庫)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
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