海洋中の一様な水塊のなかに孤立して存在する周囲より温度の低い水塊をいう。水平・鉛直両方向に相当の大きさを有し、ひとたび出現するとその存続期間も長い。代表的なものとして紀州沖の熊野灘(くまのなだ)や遠州灘にできる紀州沖冷水塊がある。
紀州沖冷水塊は潮岬(しおのみさき)の南―南東、100~200キロメートル沖の、岸と黒潮との間に出現し、円形または楕円(だえん)形をしている場合が多く、半径は約180キロメートルになることもある。黒潮の本流は冷水塊の外(南)側を、冷水塊の縁に沿って大きく迂回(うかい)し蛇行する。冷水塊域の水温は海面で周囲より約5℃、400メートル層で約10℃低い。溶存酸素量は表層以外では少なく、透明度も低くて20メートル以下である。冷水塊は全体として大きな渦状をしていて、塊のなかの海水の回転方向は反時計回りである。この冷水塊は冷たい中層水の湧昇(ゆうしょう)により形成される。これは、T‐S(温度‐塩分)ダイヤグラムを黒潮域と冷水塊域とでつくってみると、同じ温度・塩分を示すところが、冷水塊域ではかなり浅くなっていることからもわかる。
紀州沖冷水塊は数年から10年近くにわたり存続する。出現の周期は約15年ともいわれる。このため紀州沖の黒潮の流路には、冷水塊があるときは南に大きく迂回して東進し、存在しないときはまっすぐに東進するという二つのモードがある。以前は前者を「黒潮異変」とよんだが、現在では「本州南方には、二つの異った流れ方がある」と考え、異変とはいわない。紀州沖冷水塊は1933年(昭和8)ごろ、旧日本海軍の大演習の際に初めて発見され、宇田道隆(うだみちたか)らにより調査研究が行われた。
黒潮続流域、対馬(つしま)暖流域、大西洋のガルフストリーム(湾流)域で、比較的大きな冷水塊が形成されることがある。これらの冷水塊は紀州沖冷水塊に比べると規模が小さく、存続期間も数週間~数か月と短い。冷水塊(暖水塊も同様)の生成は、黒潮や湾流の蛇行により北側の冷水(暖水塊の場合は南側の暖水)が切り離されることによる。冷(暖)水塊は渦(うず)eddy, vortexともいうが、近年ではリングringとよぶことが多い。
紀州沖冷水塊がなぜ形成されるのか、また形成されないのかは定説がないが、本州南沖の海底地形が黒潮の流れ方に与える地形効果が大きいと考えられている。
[半澤正男・高野健三]
海洋中に存在する周囲より低温の海水の塊。普通直径100~200kmくらいの円形状をなし回転運動を伴っており,冷水渦ともいう。海水はいたるところ均質ではなく,場所により異なった性質の海水が入り乱れているのが普通である。また時間的にもかなり変動するが,近年になってその様相がしだいに明らかにされてきた現象に黒潮や湾流に伴う冷水塊や暖水塊がある。
冷水塊の中で最も昔から知られていたのは黒潮の大蛇行に伴って紀州沖に発生するもので,これは他の冷水塊と区別してとくに大冷水塊と呼ぶことが多い。このほか日本近海では日本海の島根沖,若狭沖,隠岐諸島北方などにも冷水塊が発生する。図1は大冷水塊の一例を示すもので水深200mにおける等温線が描かれている。図から北緯32°,東経136°付近に水温が13~15℃くらいの冷水の塊があることがわかる。黒潮はほぼ等温線に沿って流れる(これは地球の回転の影響でコリオリの力と水の圧力勾配力が釣り合う流れ,つまり地衡流をなしているためである)から,この冷水塊は反時計回りに流れる渦運動をしている。南半球では時計回りに流れる。図2はこの大冷水塊が切り離されて独立な冷水塊となった例である。さらに東方の黒潮海域や大西洋の湾流においては,冷水塊や暖水塊の生成,切離し,消滅が繰り返されているという観測がなされている。海洋中の冷水塊は大気中の低気圧に相当するものといえる。
執筆者:宮田 元靖
紀州沖に大冷水塊が発生すると冷水塊の存在する所では黒潮は離岸するが,下流側では直進する場合より接岸する。これに伴って漁況も変わり,外房のイワシ漁では,適度な黒潮の接岸は魚群を岸近くへ圧迫して大漁をもたらすが,程度が過ぎるとイワシの生息する沿岸水帯を狭めすぎて魚群を駆逐してしまうこともある。またテングサ,ワカメなどの海藻を枯死させて磯焼け現象を引き起こし,これを餌とするアワビ,サザエなども不漁となることがある。冷水塊周辺では最も顕著に漁況の変化が認められ,カツオ,ビンナガマグロ,クロマグロなどの好漁場が形成される。
執筆者:二村 義八朗
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