翻訳|water mass
海洋で物理的、化学的性質が似かよった海水の大きな塊(かたまり)をいう。性質とは、水温、塩分、溶存酸素、栄養塩類などをいうが、水色、透明度、プランクトンなどを含むこともある。水塊と水塊との境界はこれらの諸性質が急変する不連続帯となっている。
[半澤正男・高野健三]
水塊を判別するには普通T‐SダイヤグラムT‐S diagramが用いられる。これは縦軸に水温T、横軸に塩分Sをとり、このダイヤグラム上に、一つの観測点で得られた各深度の塩分に対する水温をプロット(記入)して得られる。
T‐Sダイヤグラムはノルウェーの海洋学者ヘラン・ハンセンBjørn Helland-Hansen(1877―1957)が1916年に案出したもので、簡便で水塊の判別を明確に行うことができるため今日でも海況の解析によく使用されている。同じ水塊のT‐S曲線は季節変化の激しい表層部を除けば、ほぼ同じ形を示す。なお、T‐Sダイヤグラムには等密度線(通常、等シグマ・ティーσt線)も記入し、これとT‐S曲線との交角から水塊の鉛直安定度を調べたり、等密度線上で二つの水塊の混合の状況を知ることができる。
[半澤正男・高野健三]
水塊が形成される要因としては、海面を出入する熱量、蒸発、降水、海水の流れ、結氷、融氷などのほか、陸地の近くでは陸水の流入がある。たとえば亜熱帯海域では海面からの蒸発が盛んなため海水の塩分が高くなり、高塩分の水塊ができる。また高緯度地方では冬季、表面で冷却されて、重くなった水は沈降して深層水、底層水になる。
[半澤正男・高野健三]
三大洋の上層水は、(1)寒帯水polar water 南緯40度以南と太平洋の北緯40度以北にみられるもの、(2)中央水central water ほとんどすべての海の中緯度帯にみられるもの、(3)赤道水equatorial water 太平洋とインド洋の赤道地帯にみられるもの、の三つに分類される。これらは前述のT‐Sダイヤグラムで識別できる。
太平洋の中央水は、南北太平洋にそれぞれ存在し、さらに東西に二分されている。赤道水は太平洋、インド洋では明瞭(めいりょう)に存在するが、大西洋でははっきりせず、北中央水から南中央水へのゆっくりした変化がみられるのみである。中央水の極側には亜寒帯水subarctic, subantarctic waterがある。亜寒帯水である亜南極水のさらに南極側には南極周極水antarctic circumpolar waterがある。
中層水(上層水と深層水の中間、数百メートルの深さにあるもの、一般に塩分の極小層となっている)は、北太平洋では亜寒帯水が起源で亜寒帯中層水subarctic intermediate waterとよばれる。亜寒帯水が亜寒帯収束線から中央水の下層に潜ったものである。南半球では南極表層水が南極収束線で下層に潜って中層水となる。
深層水deep waterは上・中層水と底層水bottom waterを除いた深海の大部分を占める巨大な水塊である。低温、高密度が特徴。底層水は約4000メートル以深の深海の底層海水をいう。南極海を除くと底層水と深層水の区別はあまりはっきりしない。深層水、底層水は北大西洋北西部と南極周辺海域で冷たい、高塩分の表層水が沈降したのち、全大洋に広がったものである。
地中海と紅海では海面からの蒸発が盛んで、たとえば紅海北部では年間210センチメートルである。降水量が少ないため高塩分水が形成される。この高塩分水は地中海からはジブラルタル海峡を通って北大西洋に、紅海からはバブ・エル・マンデブ海峡を通り、アデン湾を経てインド洋に流出する。北大西洋とインド洋の中層水や深層水の形成に及ぼす影響は大きい。
[半澤正男・高野健三]
海水の水温や溶存成分(塩分,酸素,栄養塩など)の水平分布を調べてみると,ほとんど分布の変化のない広い海域がある。この海域内では,水色,透明度,プランクトンなどの特性も一様であることが多い。またこうした海域と海域との間では,これらの特性が急激に変化し,境界が明瞭に認められる。このような比較的均質な海水の広がりを水塊と呼ぶ。これは気象学における気団とよく似た概念である。しかし,気団に比べると水塊の特性や占める海域は,時間変化しにくく安定である。
水塊の特徴を表す諸量のうち,水温と塩分は特に重要で,水塊の海洋学的定義は温度-塩分図(T-S図)によって行われるのが普通である(図)。このT-S図は1916年にヘランド・ハンセンB.Helland-Hansenによって導入され,後にH.U.スベルドルップらはそれを用いて世界中の海洋の水塊分類を行った。海面から深層におよぶ水温と塩分の連続的な変化をT-S図に記入すると,ある海域内ではよく似た曲線(T-S曲線)群を形成し,他の海域の曲線群と区別することができる。この類似した曲線をとる海水の広がりが,海洋学的に定義される水塊である。このT-S曲線をもとに水塊を分類し,形成や混合の過程を明らかにする作業を水塊分析という。水塊分析にはT-S曲線以外に,溶存酸素や栄養塩の濃度を利用する場合もある。
海水がたえず混合しているにもかかわらず一定の水塊が存在するのは,水塊が生成されつづけているからである。水塊間の水温・塩分特性が異なるのは,生成される際の気候条件や混合の相違に負うところが大きい。水温は低緯度では高く,高緯度では低くなる。塩分は蒸発と降水の収支に左右され,一般に低緯度では高く,高緯度では低くなる。また,結氷による塩分の析出や,大きな河川の水の流入も塩分に影響するものと考えられる。このような異なる条件下で生成された水温・塩分特性のまちまちな水は,海洋の循環によって輸送され,種々の混合を受けて変質し,現実に見られる水塊分布が形成される。
北太平洋の水塊は,高温の上層水と低温高塩分の深層水に大別できる。上層水はT-S図上でさらに細分される。亜熱帯を中心に最も広い海域を占めるのが北太平洋中央水,赤道付近で東西に分布する高塩分水が太平洋赤道水,北緯40°以北に見られる低塩分水が太平洋亜寒帯水である。北太平洋中央水は西経160°付近を境にさらに二つに分類可能である。深層水は北太平洋全域の1000m以深を占め,温度や塩分の変化の小さい,事実上一種類の水塊である。その起源は南極周辺に求められる。すなわち,南極周辺で冷却され,結氷による塩分の析出によって高塩化した密度の高い水が,海洋の深層循環によって南太平洋を経由して北太平洋へと運ばれたと考えられている。
執筆者:金子 郁雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…世界の海の1本1本の海水柱についてT‐S曲線を描いてみると,幾つかの限られた種類に分類できることが知れる。それぞれの特性をもつ水柱群を水塊という。例えば黒潮域では,海水柱のT‐S曲線はほぼ一致する(図2)。…
※「水塊」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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