コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

勝連城跡 カツレングスクアト

4件 の用語解説(勝連城跡の意味・用語解説を検索)

デジタル大辞泉の解説

かつれんぐすく‐あと【勝連城跡】

かつれんじょうあと(勝連城跡)

かつれんじょう‐あと〔かつレンジヤウ‐〕【勝連城跡】

《「かつれんぐすくあと」とも》沖縄県うるま市にある城跡。13世紀末から14世紀初頭に築城されたものといわれ、首里城を中心とする中山(ちゅうざん)の琉球統一に最後まで抵抗した有力な按司(あじ)阿麻和利(あまわり)の居城として栄えた。昭和47年(1972)国指定史跡。平成12年(2000)「琉球王国グスク及び関連遺産群」の一つとして世界遺産文化遺産)に登録された。→琉球

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

勝連城跡【かつれんじょうあと】

沖縄県うるま市,与勝半島中央部にある石垣囲いの施設〈グスク〉のうちの一つ。築城は11〜12世紀と推定され,1の郭から4の郭までが階段状に並ぶ。このうち,2の郭からは発掘調査により舎殿跡が確認されている。
→関連項目沖縄[県]勝連[町]

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

国指定史跡ガイドの解説

かつれんじょうあと【勝連城跡】


沖縄県うるま市勝連南風原にあるグスク(城)跡。沖縄本島中部の勝連半島の根元に位置する丘陵上に所在する。沖縄の城のなかでも重要な地位を占める城郭として、1972年(昭和47)に国の史跡に指定され、2000年(平成12)には「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として、世界遺産に登録された。城の来歴については不明だが、伝承では、初め、勝連按司(あじ)が城主だったが、やがて茂知附(もちづき)按司、その後、阿麻和利(あまわり)に変わったといわれる。阿麻和利は宿敵の中城(なかぐすく)城主護佐丸(ごさまる)を滅ぼすが、1458年(長禄2)に中山王(ちゅうざんおう)と争い敗退したため城は廃城となった。城郭は東南から北西にかけて東の郭(くるわ)を配し、1段下がった窪地に四の郭、三の郭、二の郭、一の郭と段々と高くなる構造をとる。四の郭には、南西側に南風原御門(はえばるうじょう)、反対の北東側には西原御門(にしばるうじょう)という石造拱門(アーチ門)が開いていたというが、現在は地下遺構だけがその痕跡をとどめる。各郭の構造や他の郭に通じる門や石段などは明確になっており、宋や元の青磁や南蛮陶器など、中国や南海との貿易を示す資料も発見されている。那覇バスターミナルから沖縄バス「西原」下車、徒歩約10分。

出典|講談社
(C)Kodansha 2013.
この内容は執筆時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

勝連城跡の関連キーワード沖縄県うるま市江洲沖縄県うるま市勝連沖縄県うるま市勝連内間沖縄県うるま市勝連津堅沖縄県うるま市勝連南風原沖縄県うるま市勝連浜沖縄県うるま市勝連比嘉沖縄県うるま市勝連平敷屋沖縄県うるま市勝連平安名沖縄県うるま市塩屋

今日のキーワード

パラチオン、パラチオンメチル

パラチオンは無色で油状の液体、パラチオンメチルはコハク色の液体。ともに毒性が強く、有機リン系殺虫剤として使用された。50年代以降、稲の害虫被害を防ぐことが確認され、広く導入された。しかし、農民の中毒死...

続きを読む

コトバンク for iPhone

勝連城跡の関連情報