勝連城跡(読み)カツレンジョウアト

  • かつれんぐすくあと
  • かつれんじょうあと〔かつレンジヤウ〕

デジタル大辞泉の解説

《「かつれんぐすくあと」とも》沖縄県うるま市にある城跡。13世紀末から14世紀初頭に築城されたものといわれ、首里城を中心とする中山(ちゅうざん)の琉球統一に最後まで抵抗した有力な按司(あじ)阿麻和利(あまわり)の居城として栄えた。昭和47年(1972)国指定史跡。平成12年(2000)「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の一つとして世界遺産(文化遺産)に登録された。→琉球

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百科事典マイペディアの解説

沖縄県うるま市,与勝半島中央部にある石垣囲いの施設〈グスク〉のうちの一つ。築城は11〜12世紀と推定され,1の郭から4の郭までが階段状に並ぶ。このうち,2の郭からは発掘調査により舎殿跡が確認されている。出土品も多く,奄美や日本,遠くは東南アジアに起源をもつ文物が確認され,15世紀中ごろとされる最盛期には海外との交易が活発であったことを示している。2000年には〈琉球王国のグスク及び関連遺産群〉の一部として世界遺産に登録されている。
→関連項目沖縄[県]勝連[町]

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国指定史跡ガイドの解説


沖縄県うるま勝連南風原にあるグスク(城)跡。沖縄本島中部の勝連半島の根元に位置する丘陵上に所在する。沖縄の城のなかでも重要な地位を占める城郭として、1972年(昭和47)に国の史跡に指定され、2000年(平成12)には「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として、世界遺産に登録された。城の来歴については不明だが、伝承では、初め、勝連按司(あじ)が城主だったが、やがて茂知附(もちづき)按司、その後、阿麻和利(あまわり)に変わったといわれる。阿麻和利は宿敵の中城(なかぐすく)城主護佐丸(ごさまる)を滅ぼすが、1458年(長禄2)に中山王(ちゅうざんおう)と争い敗退したため城は廃城となった。城郭は東南から北西にかけて東の郭(くるわ)を配し、1段下がった窪地に四の郭、三の郭、二の郭、一の郭と段々と高くなる構造をとる。四の郭には、南西側に南風原御門(はえばるうじょう)、反対の北東側には西原御門(にしばるうじょう)という石造拱門(アーチ門)が開いていたというが、現在は地下遺構だけがその痕跡をとどめる。各郭の構造や他の郭に通じる門や石段などは明確になっており、や元の青磁や南蛮陶器など、中国や南海との貿易を示す資料も発見されている。那覇バスターミナルから沖縄バス「西原」下車、徒歩約10分。

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