北茨城[市](読み)きたいばらき

百科事典マイペディアの解説

北茨城[市]【きたいばらき】

茨城県北東端の市。1956年市制。大部分は阿武隈高地南部の山地で,太平洋岸に通じる常磐線に沿って,常磐炭田の石炭積出しで発展した磯原,漁港の大津町平潟町の主要市街地が発達。底引網,イワシ巻網を主とする漁業,水産加工が盛ん。石炭は1973年までに全ての炭鉱が閉山。代わって産炭地振興のため磯原に工業団地が造成され,電気,化学などの工場が立地した。五浦(いづら)は岡倉天心横山大観らの別荘地として知られ,茨城大学五浦美術文化研究所がある。常磐自動車道が通じる。東日本大震災で,市内において被害が発生。186.80km2。4万7026人(2010)。

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世界大百科事典 第2版の解説

きたいばらき【北茨城[市]】

茨城県北東端の市。1956年磯原,平潟,大津の3町と周辺3村が合体,市制。人口5万2074(1995)。北は福島県に接し,東は太平洋に臨む。市域の大半は阿武隈高地が占め,平地はその東麓を形成する海岸段丘面に位置する。中心市街の磯原は,近世,岩城相馬(いわきそうま)街道の宿場町で,異国船遠見番所が設けられていた。平潟は棚倉藩表玄関東廻海運の中継港として栄え,大津は水戸藩一の漁港としてにぎわった。幕末から山麓部での石炭採掘が始まり,1897年日本鉄道海岸線(現,常磐線)の田端~平(たいら)間開通で炭鉱操業が急進し,常磐南部炭田(常磐炭田)の中核となった。

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