医の倫理と医師の社会的使命

内科学 第10版の解説

医の倫理と医師の社会的使命(内科学総論)

 医療は,教育とともに人々を支え,国を発展させるための最も重要な社会基盤を形成するものであり,それだけに医師の果たすべき使命は大きいといえる.そこで,医師は常に高い倫理感のもとで,患者の目線に立って(humanity),自己の診療能力の向上に努め(art),科学的で客観的な,そして最新の知見(science)に基づいて診療を行わねばならない.医の原点である医の倫理について,唄孝一東京都立大学名誉教授は次のようなことばで,患者側の視点から述べている.「病人はいつも,かけがえのないいのちとからだを医師にあずけ,やり直しのきかない医療を医師に托している.そして医学が大きく進歩したといっても,あくまで不完全な知識の体系であり,しばしば予測しない医療事故が起こる.そして医師はこの不完全な医学のもとで,世間に対し,ひろく病人への献身を誓ったものであることを忘れないで欲しい」.まさに,端的にしかも明確に医の倫理の原点が述べられている.
 一方,医療はことばで始まり,ことばで終わるともいわれている.それは,医療は,患者との信頼関係を培うことにより,よりよい効果が得られるからである.そして,医療は,常に侵襲性を伴うとともに,専門性がきわめて高いことから,医師と患者には大きな情報の較差が存在しており,患者に診療情報をすべて開示して,治療方針について十分な説明を行い,患者の理解のもとで同意を得なければならない(インフォームド・コンセント).それには,①まず患者の立場に立ってことばを交わす,②患者の生い立ちの歴史をよく聞き出してことばを交わす,③全体と部分の視点でことばを交わし,患者を理解することが求められる.そのために,患者が状況を正確に理解できるようにするための説明力,すなわち,患者の訴え,気持ち,理解度に配慮しながら,適切に質問,説明し,問題を共有するための能力が,コミュニケーション能力として,今日の医学教育の基本事項に位置づけられるようになった.その前提として,客観的に正確に説明できる医療を行わなければならないことはいうまでもない.しかし,診療情報の提供が,患者本人の心身の状況を著しく損なうおそれがあるときは,診療情報の全部または一部を提供しないという判断も必要である.
 一方,医師には診療上知り得た患者の情報について,厳格な守秘義務が課せられている.患者の利益を損なわないという医の倫理からの視点だけではなく,刑法の条項として患者本人の同意なくして診療情報を開示してはならないと記されている.ただし,緊急時に第三者に提供することが明らかに本人の利益になる場合,たとえば,緊急時に血液型を伝えることなどは,例外的に本人の同意は必要としないとされている.
 医師の社会的使命も,最近特に注目されている.そもそも医師には,社会の安全と人々のいのちと健康を守り,すべての人々に安全で良質な医療を平等に提供する使命がある.しかし,最近の人口の高齢化と都市への集中により,医療の地域較差が広がり,これが社会的に注目されている.地方では,地域医療のセイフティネットの中核を担っている公的医療機関が,救急への対応が困難になるばかりでなく,診療科が休診したり,病院そのものが閉院に追い込まれる危機的な状況に至っている.さらには,時間が比較的束縛されない診療科への医師の志向が強まっていることも指摘されている.このような医師の診療科や地域の偏在の解消に向けた対策も喫緊に解決すべき課題になっている.医療への対価が診療報酬という公的財源から支出されていることからも,医療関係者に,その解消に向けた的確な対応が厳しく求められている.[矢﨑義雄]

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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