仏教書。17巻。著者はインドの仏教学者ナーガールジュナ(龍樹(りゅうじゅ)、150ころ~250ころ)と伝えられるが、5世紀初、鳩摩羅什(くまらじゅう)が訳した漢訳1本のみが現存し、サンスクリット原典もチベット訳も伝わっていない。現存する漢訳をみると、詩頌(しじゅ)と散文とが混合していて、詩頌の内容を散文で解説しているので、散文の部分についてはナーガールジュナ作とすることに疑問がある。鳩摩羅什はインド僧ブッダヤシャス(仏陀耶舎(ぶっだやしゃ))の口誦(くじゅ)によって訳し、両者の間に翻訳についての意見の対立があって未完に終わったとも伝えられているから、散文には鳩摩羅什の理解解説が多分に入っていると考えられるからである。題名からも知られるように、本書は大乗菩薩(ぼさつ)の理念と実践道を説いている『十地経(じゅうじきょう)』の注釈であるが、逐語的に注釈したものではなく、大乗菩薩の思想と実践を『十地経』に依拠して説いたものである。後世、浄土教の盛行によって、念仏易行道(ねんぶついぎょうどう)を説く一章「易行品(ぼん)」がとくに注目され、この章についての研究は多いが、全体としての研究はほとんどない。しかし、ナーガールジュナの『菩提資糧論(ぼだいしりょうろん)』との関係も深く、大乗仏教の思想を理解するうえで、きわめて重要な論書であるといえる。
[瓜生津隆真]
インド大乗仏教の論書。竜樹(ナーガールジュナ。150ころ-250ころ)の著とされるが,疑問も呈されている。サンスクリット原典はなく,クマーラジーバ(鳩摩羅什)による漢訳のみ現存する。17巻35品よりなり,《華厳経》の一部である〈十地品〉の注釈である(〈十住〉は〈十地〉に対するクマーラジーバの訳語)。ただし,十地の全体にわたるものではなく,第27品までが初地(歓喜地),第28品以下が第2地(離垢地)の注釈で,その途中で終わっている。このため,全体としては必ずしも重視されないが,第9品〈易行品〉のみは阿弥陀仏信仰を説くものとして,中国,日本の浄土教徒に尊重された。すなわち,ここでは菩薩が不退転の位に達するのに難易の二道があるとし,諸仏・菩薩を憶念し,恭敬礼拝すれば,速やかに不退転の位に達すると説いている。必ずしも阿弥陀仏一仏のみを挙げているわけではないが,特に阿弥陀仏を賛嘆する偈文もあり,曇鸞(どんらん),道綽(どうしやく)以後,浄土教の主要典籍として重視された。
執筆者:末木 文美士
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…竜樹の真作とされるものには,そのほかに《廻諍論(えじようろん)》《空七十論》《広破論》などがある。漢訳にのみ存し真作が疑われるが,中国,日本に重要な影響を与えたものに,《十二門論》《大智度論(だいちどろん)》《十住毘婆沙論(じゆうじゆうびばしやろん)》がある。竜樹の思想は,クマーラジーバ(鳩摩羅什)によって中国に伝えられ,その系統から〈三論宗〉が成立した。…
※「十住毘婆沙論」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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