十徳(読み)じっとく

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

十徳
じっとく

男子服飾の一つ。鎌倉時代に行われた直綴(じきとつ)がなまったもので、その形態は法衣の偏衫(へんさん)から出たという。素襖(すおう)の両袖(そで)を縫いふさいで菊綴(きくとじ)をつけ、腰から下にひだをとった羽織状のもので、なかには定紋をつけたものもある。鎌倉時代末期には、身分の低い者が着用していたが、室町時代からは、旅人や犬追物(いぬおうもの)をする際に用いられた。江戸時代になると、駕輿丁(かよちょう)の常着となり、さらに医師、僧侶(そうりょ)、儒者、絵師や茶道の宗匠などが用いた。十徳は、四幅袴(よのばかま)をつけた上に着て帯を締めた。のちには羽織と同じように、小袖を着た上から十徳を羽織っただけで、帯を締めなくなり、この姿を「放ち十徳」といった。

[遠藤 武]


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精選版 日本国語大辞典の解説

じっ‐とく【十徳】

〘名〙
① 一〇種類の徳。また、多くの徳。
※十訓抄(1252)一「俊頼朝臣は十徳なからん人は判者にあたはずとぞかかれける」
② 室町時代の脇縫いの小素襖(こすおう)の通称。四幅袴(よのばかま)とあわせて用い、将軍供奉の走衆以下の召具(めしぐ)が着用した。また、江戸時代の儒者・医者・俳諧師・絵師などの外出着。道服の一種で、黒紗の類で仕立てるのを例とした。
※教言卿記‐応永一三年(1406)一〇月一九日「倉部十徳之体、当世之風体云々。重能・資能同体也」

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百科事典マイペディアの解説

十徳【じっとく】

近世に男性が小袖(こそで)の上に着用した上衣。後の羽織の原形とも目される。二幅(ふたの)(約68〜76cm)の広袖で胸ひも,菊綴(きくとじ)がある。江戸時代には中間(ちゅうげん),小者(こもの)の服装として十徳四幅袴(よのばかま)が決まった形となり,四幅の裁付(たっつけ)のようなの上に十を放着(はなちぎ)にしてその上に帯をした。
→関連項目羽織

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

十徳
じっとく

形は素襖 (すおう) に似ているが,脇が縫いふさがれている男子用和服。室町時代の中期頃は供侍が社参のおりに十徳に四幅袴 (よのばかま) を着けて用いたが,慶長年間 (1596~1615) 以降は放 (はな) ち十徳といって袴をはかずに羽織のように打掛けて小袖の上に着用した。将軍駕輿丁 (かよちょう) および儒者,医師,絵師,茶道の宗匠などが用いた。

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世界大百科事典 第2版の解説

じっとく【十徳】

近世に男子が小袖の上に着た垂領(たりくび)型の上衣。もとは直垂(ひたたれ)系のものからでたと考えられるが,形の上では直綴(じきとつ),胴服(どうぶく)と密接な関係があり,〈じっとく〉という名称も〈じきとつ〉のなまったものだといわれ,のちの羽織の原型をなすものの一つと目される。二幅(ふたの)(約68~76cm)の広袖で,胸ひも,菊綴(きくとじ)があり,両わきは縫いふさいである。元来は家の中で小袖の上にはおって着る私服であったと思われるが,江戸時代になってからは中間,小者の服装として,十徳四幅袴(じつとくよのばかま),すなわち下に四幅のたっつけのような袴をはき,その上へ布の十徳を放着(はなちぎ)にして帯をするのがきまった形となった。

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