元来は仏教で一宗の大匠たる学徳ともにすぐれた名僧を称する語だが,和歌,連歌,俳諧,茶道などにおいて,その分野での上手,先達,あるいは第一人者の意で用いられた。和歌では,中世,近世において,二条家,冷泉(れいぜい)家など,和歌の家の人々が勅許を得て称され,天皇,上皇の和歌の師範を勤めた。連歌では,二条良基が善阿を称して〈近代地下(じげ)の宗匠〉といっているのは,第一人者の意と思われる。1448年(文安5)幕府の命により京都北野社の連歌会所の奉行職に高山宗砌(そうぜい)がつき,そのあと,能阿,宗伊,宗祇(そうぎ),兼載らが任ぜられたが,この人々は宗匠と称された。里村昌叱(しようしつ)は豊臣秀吉から,昌琢(しようたく)は徳川秀忠から朱印状を下付され,花の本(はなのもと)宗匠家として認められて,以後,里村家は幕府の連歌師を勤めた。西山宗因は里村家の推挙で大坂の天満宮連歌所宗匠となった。俳諧では,花の本宗匠の号を貞徳,貞室が免許されたという伝えがあるが,確実には,1790年(寛政2)暁台(きようたい)が二条家から免許され,闌更(らんこう),蒼虬(そうきゆう),鳳朗(ほうろう),梅室らへと継承されたものが知られている。しかし,俳諧での宗匠の称は,第一人者の意ではなく,通常は連句興行の場で〈一座の長にして文台をさばく人〉(《誹諧名目抄》)の意であった。俳諧の宗匠は,師の宗匠について執筆(しゆひつ)(連句の座での書記役)などをして修行し,宗匠として認められて,師の跡目を継いだり,万句合興行をしたりする。宗匠は,月並の会などを主催し,門下の作品に加点したり,年頭には歳旦帳を刊行,贈答して,その派の維持・発展につとめた。茶道は,連歌についで数寄の道となったが,その道の上手を宗匠とよんだ。千利休をさして〈天下一宗匠〉と称するなどのほか,茶道の家元,あるいは市井の師匠を宗匠と称するようにもなった。なお,花道や香道でも,指導者をよぶのにこの名称が用いられた。
執筆者:石川 八朗
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…連句制作のための集会または会席をいう。その構成要員は,一座をさばく師範格の宗匠と,宗匠を補佐しつつ句を懐紙に記録する書記役の執筆(しゆひつ)と,一般の作者である複数の連衆(れんじゆ)から成る。彼らが参集して連句一巻を共同制作することを,一座を張行する,または興行するという。…
※「宗匠」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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