改訂新版 世界大百科事典 「十誡」の意味・わかりやすい解説
十誡 (じっかい)
Ten Commandments
Decalogue
〈十戒〉とも書く。聖書,キリスト教世界の倫理の根幹を成す基本的誡命であり旧約聖書《出エジプト記》20章2~17節(ほぼ同じ並行記事は《申命記》5:6~21)にあり,特に〈モーセの十誡〉と呼ばれる。同書には,ほかにも10ないし12の誡めの組が見いだされているからである。十誡とは〈わたしはあなたの神,主であって……〉を序文とし,第一誡〈あなたはわたしのほかに,なにものをも神としてはならない〉,第二誡〈あなたは自分のために刻んだ像を造ってはならない〉,第三誡〈あなたは,あなたの神,主の名をみだりに唱えてはならない〉,第四誡〈安息日を憶えて,これを聖とせよ〉,第五誡〈あなたの父と母を敬え〉,第六誡〈あなたは殺してはならない〉,第七誡〈あなたは姦淫してはならない〉,第八誡〈あなたは盗んではならない〉,第九誡〈あなたは隣人について偽証してはならない〉,第十誡〈あなたは隣人の家をむさぼってはならない〉(日本聖書協会訳による)という数え方が一般的であるが,これはカルバン派系のものであり,カトリックとルター派は,上述の第二誡を独立させず,したがって,第三~第十誡が第二~第九誡となり,第十誡は〈すべての隣人のものをむさぼってはならない〉となる。
古来,第一~第五誡は〈神を神として愛する〉誡めとされ,第一誡は,十誡全体の基本として,救済主なる神への全生活における全き忠誠を説く。第二誡が禁じている像とは,宗教史的には神の住居を意味し,像の在る所に神の臨在が信じられた。したがって,像製作の禁止は,神の臨在を人間の恣意(しい)によって限定することに対する禁止であって,単なる偶像礼拝の禁止ではない。神の啓示と臨在の自由を保証する誡めである。第三誡は神名の誤用の禁止といわれる。神名を公の礼拝において呼ぶことは承認されている。ただ〈みだりに〉呪術的に神名を利用することを禁止する。第二,第三誡はともに神の自由と超越性を保証する。第四誡は,禁忌の日を否定し,7日目ごとに仕事を中断することをもって,神の時間支配を承認する。第五誡の父母を〈敬う〉とは,神から権威をゆだねられた者を重んじることであり,父母を地上における神の代表として敬うことをいう。第四,第五誡は,時間・空間における宗教秩序の問題であって,神を神とする誡めに属する。第六~第十誡は,〈隣人を隣人として愛する〉誡命であり,第六誡は生命,第七誡は結婚,第八誡は,本来,人を盗むこと,すなわち誘拐を禁じることによる隣人の行動の自由の保証,第九誡は,裁判における名誉の保証である。第十誡は私有財産を保証する。第六~第十誡は,隣人の基本的権利たる生命,結婚,自由,名誉,財産を守ることを教える。第一~第五誡の神を神とする宗教の側面と,第六~第十誡の隣人を愛する倫理の側面とが分離せず,相互関連し,一貫していることを教えるのが,聖書宗教に源を発し,西欧社会の倫理の根底を支える十誡である。
執筆者:左近 淑
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報