コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

択捉島 えとろふとう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

択捉島
えとろふとう

千島列島中最大の火山島。北緯 45°,東経 148°付近に位置し,日本の最北端をなす。北東に択捉 (フリーズ) 海峡をへだててウルップ (得撫) 島,南西に国後水道をへだてて国後島が連なる。長さ 200km,幅 30km,面積 3139km2。西単冠 (にしひとかっぷ) 山 (1566m) ,神威岳 (1322m) の火山がある。寛政 12 (1800) 年に近藤重蔵高田屋嘉兵衛が渡航,漁場 17ヵ所を開いた。周囲の海は,サケ,マス,タラ,カニ,コンブホタテガイなど北洋漁業の有力な漁場。 1945年ソ連 (現ロシア連邦) が占領北方領土に含まれる。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

デジタル大辞泉の解説

えとろふ‐とう〔‐タウ〕【択捉島】

北海道東部、千島列島中最大の火山島。北洋漁業の基地として紗那(しゃな)などの漁港がにぎわった。第二次大戦後、ソ連(現在はロシア連邦)の統治下。面積3139平方キロメートル。

出典|小学館デジタル大辞泉について | 情報 凡例

百科事典マイペディアの解説

択捉島【えとろふとう】

イトゥルプIturup島とも。千島列島中最大の島。3167km2。火山性の山地(最高点1567m)からなり,海岸は断崖が多い。中心は北岸のクリリスク(沙那)で,太平洋岸に良港の単冠(ひとかっぷ)湾(カサトカ湾)がある。
→関連項目ウルップ[島]国後島高田屋嘉兵衛時規物語松浦武四郎間宮林蔵レザノフ

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト百科事典マイペディアについて | 情報

デジタル大辞泉プラスの解説

択捉(えとろふ)島

北海道東部、納沙布岬の北東約119kmに位置する島。第二次世界大戦後、ソ連(現ロシア連邦)が占領。

出典|小学館デジタル大辞泉プラスについて | 情報

世界大百科事典 第2版の解説

えとろふとう【択捉島】

千島列島南部にある火山島。面積3139km2は千島列島最大で,長径203km,短径6~30kmの細長い形をしている。国後(くなしり)島の北東にあり,択捉海峡を挟んでウルップ島に相対する。1798年(寛政10)近藤重蔵,最上徳内が探検して〈大日本恵登呂府〉の標柱を立て,翌年高田屋嘉兵衛によって航路が開かれた。1855年(安政2)の日露和親条約によって日本領とされた。汽船航路が開かれた92年から漁民を中心とする移住者も増えた。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

大辞林 第三版の解説

えとろふとう【択捉島】

千島列島最大の島。江戸時代から知られ、1854年日露和親条約により日本領。第二次大戦後、ソ連を経てロシア連邦の占領下にある。

出典|三省堂大辞林 第三版について | 情報

日本の地名がわかる事典の解説

〔北海道〕択捉島(えとろふとう)


北海道東方沖の千島(ちしま)列島南部の島。歴史的には、アイヌ民族が先住してきた。面積3182.7km2。最高峰の散布(ちりっぷ)山(標高1587m)など19の火山が点在する。トドマツ・エゾマツなどの原生林が茂り、現在島の南西部はロシアが自然保護区に指定。南東岸には通年、海霧が発生する。1855年(安政(あんせい)2)の日露通好条約で日本領土とされた。根室(ねむろ)支庁に属する蕊取(しべとろ)・留別(るべつ)・紗那(しゃな)の3村がおかれ、大正末期に正式に村制施行。第二次大戦時までサケ・マス漁や缶詰製造が行われた。南岸の単冠(ひとかっぷ)湾は第二次大戦開戦時、ハワイ真珠湾攻撃の艦隊集結地となった。1945年(昭和20)終戦時の人口3605。同年8月28日以降、ソ連(現ロシア)の占領下にあり、日露両国のあいだで「北方領土問題」として懸案となっている。

出典|講談社日本の地名がわかる事典について | 情報 凡例

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

択捉島
えとろふとう

北海道東部、根室半島東端にある納沙布(のさっぷ)岬の北東110キロメートルにある島。南西は国後(くなしり)水道を隔てて国後島に臨み、北東は択捉海峡を隔てて得撫(ウルップ)島以北の千島列島に連なる。長さ203キロメートル、最大幅30キロメートル、面積3182.65平方キロメートル。火山が多く、最北端に神威(かむい)岳(1322メートル)、中北部に北散布(ちりっぷ)山(1561メートル)、西部に単冠(ひとかっぷ)山(1566メートル)、その西に阿登佐(あとさ)岳(1206メートル)などがある。また南西部の萌消(もえけし)湾は沈水カルデラ、南端のベルタルベ山(1221メートル)は新しい円錐(えんすい)火山であるなど、火山地形の宝庫で、活火山も多い。海岸線は海食崖(がい)が続き、屈曲は少ないが、紗那(しゃな)、単冠湾などの錨地(びょうち)がある。第二次世界大戦前の紗那測候所によれば、月平均気温は2月零下6.9℃、8月15.5℃、年平均気温は4.2℃で、年降水量は約1000ミリメートル。冬の季節風はきわめて強く、夏には濃霧の日が多い。地表はエゾマツ、トドマツ、カンバ類、ミズナラ類、下生えはササが覆っている。サケ、タラ、カレイ、タラバガニなどの漁獲がある。
 1786年(天明6)最上(もがみ)徳内が探検、1798年(寛政10)近藤重蔵(じゅうぞう)が探検して「大日本恵登呂府」の標柱を立てた。翌年、高田屋嘉兵衛が航路を開いたが、定住者は少なかった。第二次世界大戦前は根室支庁(現、根室振興局)管内の択捉郡留別(るべつ)村、紗那郡紗那村、蘂取(しべとろ)郡蘂取村の3郡3村からなり、現在も形式上は存続する。戦前は北洋漁業の基地として紗那などの漁港がにぎわい、人口3729(1942)に達した。単冠湾は、ハワイ攻撃の日本海軍艦艇(かんてい)の集結地(1941年11月)として知られる。日本のいわゆる「北方領土」の一つであるが、戦後はソ連、ソ連解体後はロシア連邦が支配し、サハリン州の所属で、イトルプ島Итурупとよび、紗那をクリリスクと称している。[渡辺一夫]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

択捉島の関連キーワード日本海溝・千島海溝地震対策特別措置法北方領土返還運動全国強調月間益富又左衛門(初代)ナガコンブ(長昆布)アイヌキンオサムシ北方四島の旧漁業権オヒョウ(海水魚)樺太=千島交換条約北方四島交流事業北海道東方沖地震マリモ(毬藻)北方領土の日北海道の要覧日本の活火山久米栄左衛門パラムシル島日露通好条約富山元十郎アイヌ民族根室振興局

今日のキーワード

アウフヘーベン

ヘーゲル弁証法の基本概念の一。あるものを否定しつつも、より高次の統一の段階で生かし保存すること。止揚。揚棄。→アン‐ウント‐フュール‐ジッヒ →弁証法...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

択捉島の関連情報