南極観測(読み)なんきょくかんそく

百科事典マイペディア 「南極観測」の意味・わかりやすい解説

南極観測【なんきょくかんそく】

国際地球観測年(1957年―1958年)の一環として始められた南極地域の国際共同観測。参加国および担当の観測基地の数は米7,英8,仏3,旧ソ連4,日本1,アルゼンチン6,オーストラリア4,ベルギー・オランダ1,チリ4,ニュージーランド2,南ア共和国1。日本では1955年に政府文部省内に設けた南極地域観測統合推進本部を主体とし,観測隊の派遣は1次(1956年―1958年)〜6次(1961年―1962年)まで南極観測船宗谷を輸送手段として続けられ,1957年1月以降昭和基地を維持。いったん中断の後新鋭砕氷艦〈ふじ〉の完成とともに7次(1965年―1966年)から再開継続されている。1960年―1961年やま山脈を発見,調査,1968年―1969年南極点往復調査旅行,1969年〈やまと隕石〉を発見,収集,1970年第1回観測ロケット打上げ,同年7月昭和基地南東約270kmの大陸氷床上にみずほ基地を建設,1983年〈ふじ〉に代わる新観測船しらせ〉が就航。1999年現在の越冬基地は18ヵ国の34。

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「南極観測」の解説

南極観測
なんきょくかんそく

昭和期の南極国際共同観測。国際地球観測年(1957~58)の事業として,文部省に南極地域観測統合推進本部を設置。1957年(昭和32)から昭和基地・みずほ基地を開設し,地球物理・超高層物理・極地気象・雪氷・地震・測地地理地形・地質・地球化学・海洋・生理生態・寒冷生物および極地設営工学の分野を担当。85年にあすか基地,95年にドームふじ基地増設。定常的観測は関係省庁の機関,研究観測は国立極地研究所が大学研究機関の協力で実施。観測船は宗谷・ふじ・初代しらせ・2代目しらせ。

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旺文社日本史事典 三訂版 「南極観測」の解説

南極観測
なんきょくかんそく

南極における国際共同観測
国際地球観測年の事業の一環として行われ,日本も参加し,1957年昭和基地・みずほ基地をつくった。'63〜64年と中断したが,再開された。越冬しての観測が行われている。

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世界大百科事典(旧版)内の南極観測の言及

【南極】より

…以後,57‐58年の国際地球観測年までの間,各国の越冬,調査が行われた。
[南極観測]
 1952年に国際学術連合会議は57‐58年の国際地球観測年(IGY)ではとくに南極地域の観測に重点を置くことを決め,55‐56年,アメリカ隊のバードの下での冷凍作戦をはじめとし,オーストラリア,アルゼンチン,チリ,イギリス,ソ連,フランス,ニュージーランドなどが基地を設け,活発な準備に入った。この時期にイギリスの南極大陸横断隊のフックスVivian Ernest Fuchs(1908‐ )隊長以下は57年10月に前進基地シャックルトンを出発し,アメリカの設けたアムンゼン・スコット南極点基地に58年1月20日到着,さらにロス島のニュージーランドのスコット基地に3月2日に到着し,南極大陸横断に成功した。…

※「南極観測」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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