出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
歴史家。明治4年旧南部(なんぶ)藩士原勝多の長男として盛岡に生まれる。盛岡中学校、第一高等学校を経て帝国大学文科大学に進み、1896年(明治29)史学科を卒業。99年第一高等学校教授となる。1906年から09年まで英・米・仏に留学し、欧米最近世史を研究。帰国後、京都帝国大学文学部教授に就任、史学科で西洋史を担当した。22年(大正11)文学部長に就任、大正13年1月14日に没した。主著『日本中世史』(1906・冨山房)は、平安から鎌倉初期を扱う第一巻のみであるが、中世を日本独自の文化が全国的に展開した時代として評価位置づけたもので、その続編といえる『東山(ひがしやま)時代における一縉紳(しんしん)の生活』(1917)とともに、西洋史の知識を踏まえ比較史的視点から日本史をとらえた最初の研究である。また留学以後の主テーマである現代史では『欧米最近世史十講』(1915・弘道館)、『世界大戦史』(1924・同文館)などの業績がある。
[権平慶子]
『永原慶二・鹿野政直編著『日本の歴史家』(1976・日本評論社)』
歴史学者。岩手県生れ。1896年東京帝国大学卒業後大学院に進み,99年一高教授に就任。鎌倉~戦国時代をはじめて〈日本中世〉と区分し,文化の地方拡伸を通じて武士階級を新文明の担い手と意義づけるなど,同期の研究を開拓した。日露戦争に陸軍中尉として従軍。1906年《日本中世史》を刊行。同年より欧米留学し,帰国後の09年京都帝大教授に就任(死去まで在職)した。日露戦争後は西洋現代史の研究が中心をなし,この方面の著作が多い。
執筆者:阿部 恒久
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報
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