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吉胡貝塚 よしごかいづか

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

吉胡貝塚
よしごかいづか

愛知県田原市にある縄文時代後・晩期貝塚。国指定史跡。土器石器骨器などのほか,多くの埋葬人骨が出土した。

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百科事典マイペディアの解説

吉胡貝塚【よしごかいづか】

愛知県田原市にある縄文(じょうもん)時代後期・晩期の遺跡(史跡)。1922年,1923年清野謙次発掘により307体の人骨が出土し,1951年にも33体が出た。
→関連項目田原[町]

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世界大百科事典 第2版の解説

よしごかいづか【吉胡貝塚】

愛知県渥美郡田原町大字吉胡矢崎にある縄文時代後期後半~晩期の貝塚。渥美半島の中ほど,渥美湾に連なる小さな入江に面した標高約6mの沖積地にあり,背後に標高15~20mの洪積台地が迫る。貝塚はハマグリを主体にオキシジミ,アサリ,マガキなどからなる鹹水(かんすい)産貝塚で,面積は約4100m2とあまり広くない。清野謙次による1922,23年の発掘で308体,文化財保護委員会,愛知県教育委員会による51年の発掘で33体,合計341体の人骨を見た最大級の縄文時代墓地である。

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大辞林 第三版の解説

よしごかいづか【吉胡貝塚】

愛知県田原市にある縄文後期・晩期の貝塚。集団墓地があり、三四〇体の人骨が発見され、葬制や抜歯習俗の研究に貢献した。

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国指定史跡ガイドの解説

よしごかいづか【吉胡貝塚】


愛知県田原(たはら)市吉胡町にある貝塚遺跡。渥美湾に面する緩傾斜地に位置する縄文時代後期~晩期の貝塚遺跡で、人骨が大量に発見されて有名になった。面積も4100m2あり、この地方では大規模である。発掘調査の結果、340体もの人骨が発掘されており、埋葬の形態は死者の手足を折り曲げる屈葬が163体、手足を伸ばして埋葬する伸展葬が16体、甕棺(かめかん)が42基だった。人骨の多くには縄文時代の風習である抜歯や叉状研歯(さじょうけんし)が見られ、竪穴(たてあな)住居跡も発見されている。また、広範に貝層があり、多数の縄文土器片や石器、骨角器なども発掘されている。340体もの人骨の発見は全国一で学術上の価値が高いことから、1951年(昭和26)に国の史跡に指定された。現在は一帯が吉胡貝塚史跡公園(シェルマよしご)となり、園内の吉胡貝塚資料館では、吉胡貝塚の人々の暮らしを模型や写真、出土品でわかりやすく解説している。豊橋鉄道渥美線三河田原駅から徒歩約20分。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

吉胡貝塚
よしごかいづか

渥美(あつみ)半島の中ほど、愛知県田原(たはら)市吉胡町にある縄文時代後・晩期の貝塚。通称矢崎岩のある緩傾斜地から、前面の低地にかけて貝層の分布をみる。ハマグリ、オキシジミ、アサリ、マガキなどからなり、面積4000平方メートルを測る。1922年(大正11)と23年の二度にわたり、清野謙次(きよのけんじ)らによる発掘が行われ、全部で300体を超える多数の人骨が出土した。これらは、屈葬、伸展葬などの葬法を示していたが、なかには四肢骨で区画した中に頭骨その他を集めた「盤状集積葬」とよばれる特殊なものもあった。乳幼児骨は土器棺に納められていた。なお、わずかな例ではあるが、弥生(やよい)時代の初めに属する土器棺の中には火葬および洗骨の成人骨が入っていた。1947年(昭和22)文化財保護委員会は、この貝塚を国の史跡に指定するとともに、越えて1951年には、県教育委員会と共催で発掘調査を実施し、その重要性をいっそう明らかにした。[岡本 勇]

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