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大湯環状列石 おおゆかんじょうれっせき

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

大湯環状列石
おおゆかんじょうれっせき

秋田県鹿角市大湯町の野中堂万座の2ヵ所にある環状列石の総称。両者ともに,河原石を大小さまざまな形に組合せた石組み遺構を,内外2重に,同心円状に配置したものである。野中堂のものは直径 40~42m,万座のものは直径 45~46mである。 1951~52年の調査により縄文時代後期のものとされた。その性格については種々の議論があるが,一種の集合墓地と考えるべきものであろう。 56年7月 19日特別史跡に指定された。

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デジタル大辞泉の解説

おおゆ‐かんじょうれっせき〔おほゆクワンジヤウレツセキ〕【大湯環状列石】

秋田県北東部、鹿角(かづの)市にある縄文時代後期の遺跡。中心には万座(まんざ)・野中堂(のなかどう)の二つのストーンサークル(環状列石)があり、そのまわりには多くの貯蔵穴や柱穴などが発見され、土器土偶も出土している。

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百科事典マイペディアの解説

大湯環状列石【おおゆかんじょうれっせき】

秋田県鹿角(かづの)市大湯にある縄文(じょうもん)時代の遺跡。北の野中堂と南の万座に2基の環状列石がある。前者は外帯径42m,内帯径12m,幅4mあり,後者は外帯径46m,内帯径15m,幅4mある。
→関連項目大湯[温泉]鹿角[市]

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世界大百科事典 第2版の解説

おおゆかんじょうれっせき【大湯環状列石】

秋田県鹿角市十和田大湯の,大湯川に沿った低い段丘上にある縄文時代後期の遺跡。1951,52年に文化財保護委員会が発掘調査を行い,56年に特別史跡に指定された。環状列石は2ヵ所あり,東のものを野中堂,西のものを万座とよぶ。ともに多数の小規模の組石遺構が二重の同心円状に配列されたもので,外帯の径は45~50m,内帯の径は10~15mある。環状列石を構成する組石遺構のなかでは,大きな立石を中心に放射状に石をならべた,〈日時計〉とよばれるものが有名で,野中堂と万座に1基ずつある。

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国指定史跡ガイドの解説

おおゆかんじょうれっせき【大湯環状列石】


秋田県鹿角(かづの)市大湯にある縄文時代後期の配石遺跡。ストーンサークル、環状石籬(かんじょうせきり)ともよばれる。大湯川に沿った低い段丘上に約130mの距離をおいて東西に野中堂(のなかどう)と万座(まんざ)とよばれる2つの配石遺跡がある。両遺跡とも、河原石を菱形や円形に並べた組み石の集合体が外帯と内帯の2重の同心円状(環状)に配置され、外輪と内輪の中間帯に1本の立石を中心に細長い石を放射状に並べ、その外側を河原石で3重4重に囲んでいる。大きい方の万座遺跡の環状直径は46mあり、日本で最大級のストーンサークルである。組み石は大きいほうの万座で48基、野中堂は44基ある。それぞれの組み石の下に墓坑があることから共同墓地と考えられている。万座の周辺には掘立柱建物跡群が巡らされており、墓地に附属した葬送儀礼に関する施設ではないかと推測されている。1951年(昭和26)に国史跡、1956年(昭和31)には特別史跡に指定され、以後名称変更や追加指定が行われた。また、北東にある黒又山が大湯環状列石からきれいな三角形に見えることから、黒又山にも何らかの人工的配石遺構があるのではないかという推測もあり、その関連性を指摘する意見もある。JR花輪線鹿角花輪駅から秋北バス「環状列石前」下車、徒歩すぐ。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

大湯環状列石
おおゆかんじょうれっせき

秋田県鹿角(かづの)市十和田大湯字野中堂(のなかどう)、万座(まんざ)にある縄文時代後期前葉の遺跡。遺跡は大湯川左岸の風張(かざはり)台地(標高170メートル)中央部に位置する。1931年(昭和6)耕地整理のとき発見されて以来、多くの学者によって調査されている。1951~52年(昭和26~27)文化財保護委員会、秋田県教育委員会によって発掘調査され、その結果、野中堂、万座の二つの環状列石と竪穴(たてあな)住居跡などが発見された。二つの環状列石は約90メートルの距離をもって並び、両遺跡とも小単位の組石が集合して環状をなし、外帯、内帯の二重の同心円状をなすのが特徴である。大きさは、野中堂で外帯の径が40メートル、内帯が12メートル、万座で外帯が46メートル、内帯が18メートルである。また両遺跡には日時計遺構とよばれる配石遺構が独立して存在する。これは外帯と内帯の間にあり、中心から少し北西に位置している。
 環状列石を構成する小単位の組石は後藤守一(しゅいち)によって9型式に大別されている。組石の下には基本的に土壙(どこう)があり、現在まで22基確認されている。平面形は小判形が多く、ほかに円形のものもある。大きさは長径1~2メートル、短径0.6~1.5メートル、深さ0.7メートル前後である。土壙の長軸方向は北西をなすものが多い。このことから、祭祀(さいし)関係の遺跡とみるより墓地の一種とみる説が有力である。75年前後の調査で野中堂、万座のほかに配石遺構が確認されている。51年国の史跡に、56年特別史跡に指定された。[冨樫泰時]
『『大湯町環状列石』(1953・文化財保護委員会)』

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