改訂新版 世界大百科事典 「吹田事件」の意味・わかりやすい解説
吹田事件 (すいたじけん)
大阪府吹田市で学生,労働者,朝鮮人などが起こした事件。1952年6月24日夜,豊中市の大阪大学北校校庭などで,〈朝鮮動乱2周年記念前夜祭〉として大阪府学連主催の〈伊丹基地粉砕,反戦・独立の夕〉が開催されたが,この集会に集まった学生,労働者や朝鮮人など約900名は翌25日午前0時すぎから吹田市に向かい,国鉄吹田操車場を経て吹田駅付近までデモ行進をおこなった。その際,警官隊と衝突,派出所やアメリカ軍人の乗用車に火炎びんや石を投げつけ,また途中,阪急電車に要求して臨時電車を運転させ〈人民電車〉と称して乗車したり,吹田操車場になだれ込んで20分間にわたって操車作業を中断させたなどとして,111名が騒乱罪騒擾罪)や威力業務妨害罪などの容疑で逮捕,起訴された事件。日本を基地としてアメリカ軍が朝鮮戦争をおこなっていた時期に起こった一連の実力行使による反戦闘争のひとつ。63年6月の大阪地裁判決は騒乱罪の成立を認めず,死亡者などを除く102被告のうち87名に無罪,15名に対し個々の暴力行為などで有罪とした。検察側の控訴による大阪高裁の判決は68年7月にあり,再び騒乱罪は認めなかったが,威力業務妨害罪は成立するとして,46被告をあらためて有罪とした。検察側は控訴を断念したが,4被告が控訴,その結果,最高裁は72年3月に上告棄却を言い渡し有罪が確定した。なお一審公判中,被告の〈朝鮮戦争の勝利に拍手し犠牲者に黙禱したい〉という希望を裁判長が認めたことが,法廷の秩序維持の問題として国会や最高裁でとりあげられた。
執筆者:梅田 欽治
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報