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呉文英 ごぶんえいWu Wen-ying

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

呉文英
ごぶんえい
Wu Wen-ying

[生]開禧1(1205)?
[没]景炎1(1276)以後
中国,南宋人。四明 (浙江省ぎん県) の人。字,君特。号,夢窓,覚翁。旧姓は翁で,呉家へ養子にいったと考えられる。兄の翁応龍,弟の翁元龍も詞人として名があった。紹定6 (1233) 年蘇州の倉司の役人となり,淳祐3 (43) 年その職を辞して杭州に移り,以後蘇州と杭州の間を往復しつつ,各地の権力者を後援者として遊歴したが,晩年の消息,没年は明らかではない。恋愛,離別懐古などを主題とした詞が多く,作曲もしている。詞の典故修辞は凝りすぎといえるほど巧妙華麗,かつやや晦渋で,奔放さに欠ける面もあり,後世の批評は分れるが,北宋のいわゆる「婉約派」のあとを継ぐ,南宋のあでやかな詞風を代表する。詞集は『夢窓詞甲乙丙丁稿』もしくは『夢窓詞』といわれる。

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世界大百科事典 第2版の解説

ごぶんえい【呉文英 Wú Wén yīng】

1200?‐60?
中国,南宋の詞人。本姓は翁氏,字は君特,号は夢窓または覚翁。浙江省四明の人。歌辞文芸,の作者として有名。周密(号は草窓)と並んで〈二窓〉と称され,南宋末の洗練を極めた詞風を代表するが,あまりに精巧にすぎて難解との批判もある。正規の官途にはつかず,呉潜,栄王趙与苪(度宗の父)など権貴の人々の文事の相手をして一生を送った。詞集に《夢窓甲乙丙丁稿》がある。【村上 哲見】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

呉文英
ごぶんえい
(1200?―60?)

中国、南宋(なんそう)の文人、詞人。字(あざな)は君特、号は夢窓または覚翁。四明(浙江(せっこう)省寧波(ねいは))の人。宋代特有の歌辞文芸「詞」は、南宋になると文人趣味と結び付いて精巧を極めた韻文となるが、そのような風潮を代表する作家で、周密(号は草窓)と並んで「二窓」と称される。宋詞最長編の名作「鶯啼序(おうていじょ)」240字など、洗練された用語表現と深遠な境地とを特色とするが、それだけに技巧的すぎて難解だとする評もある。宋王趙与(ちょうよぜい)や呉潜(ごせん)など貴族や権力者たちの文事の相手をし、風雅の名士として重んじられたが、官位はもたなかった。詞集に『夢窓甲乙丙丁稿』4巻がある。[村上哲見]
『村上哲見著『中国詩文選21 宋詞』(1973・筑摩書房)』

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世界大百科事典内の呉文英の言及

【詞】より

…音楽に通じ,したがって韻律も精密で,後世〈詞家の正宗〉と尊重される。南宋になると,対金戦争に活躍した辛棄疾(しんきしつ)(《稼軒詞》)のような〈豪放派〉と呼ばれる詞人もいるが,姜夔(きようき)(《白石道人歌曲》),呉文英(《夢窓甲乙丙丁稿》),さらに宋末では周密(《草窓詞》),張炎(《山中白雲詞》)などが周邦彦のあとを受け,精巧で典雅な詞をひろめた。これらの詞人は北宋の文人官僚とは異なり,もっぱら詩文書画などの文事だけで世に重んじられる特殊な階層で,詞はこうした文人たちによってひたすらに洗練される。…

※「呉文英」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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