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呉歴 ゴレキ

百科事典マイペディアの解説

呉歴【ごれき】

中国,清代の画家。字は漁山,号は墨井道人。江蘇省の人。はじめ王時敏に師事し,呉派の絵を学んだが,のち独自の画境を開き,四王呉【うん】中異色の存在となった。すぐれた構図と重厚な皴法(しゅんぽう)による山水画は高く評価されている。

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世界大百科事典 第2版の解説

ごれき【呉歴 Wú Lì】

1632‐1718
中国,清代初期の画家。江蘇省常熟の人。本名は啓歴,号は漁山,墨井道人,桃渓居士。幼時に父と死別したが詩・琴を学び,15歳ころに王鑑の門下に,次いで王時敏にも師事して南宗画(なんしゆうが)の伝統的山水画法を習得した。31歳のとき母と妻を失い,仏門に帰依し,51歳で天主教耶蘇会に入り,洗礼名をシモン・ザビエルSimon Xavierといい澳門(マカオ)で8年間修道。のち上海嘉定で宣教師クンハCunhaとして活躍。

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大辞林 第三版の解説

ごれき【呉歴】

1632~1718) 中国清代の画家。字あざなは漁山、号は墨井道人。元の黄公望の画風を好み山水画をよくした。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

呉歴
ごれき

四王呉惲」のページをご覧ください。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

呉歴
ごれき
(1632―1718)

中国、清(しん)初の文人画家。没年は一説に1719年。清代初めに活躍した6人の大画家、いわゆる四王呉(しおうごうん)(王時敏、王鑑、王(おうき)、王原祁(おうげんき)、呉歴、(うんかく))の1人。没骨(もっこつ)画法による親しみのある水彩のような色調と繊細な筆致をもって、品格のある山水画を描いた。江蘇(こうそ)省常熟の人。字(あざな)は漁山。号は墨井道人、または桃渓居士(こじ)など。王とは同年・同郷で親しく、ともに王時敏について学んだ。のち元末の四大家の王蒙(もう)や黄公望(こうこうぼう)の筆法を会得し、形式化した呉派の南宗(なんしゅう)画に対し清新な画風を創造した。中年に母と妻を失い、51歳のころイエズス会に入会し、子を捨ててマカオで7年の修道生活ののち、上海(シャンハイ)で宣教師となり、同地で没したといわれる。作品には『湖天春色図』(上海博物館)など。[星山晋也]

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世界大百科事典内の呉歴の言及

【四王呉惲】より

…中国,清代初期の正統派文人画家を代表する王時敏,王鑑,王翬(おうき),王原祁(おうげんき),呉歴,惲寿平の6人。清初六大家。…

※「呉歴」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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