国家自己制限説(読み)こっかじこせいげんせつ(英語表記)Selbstbeschränkung des Staates ドイツ語

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

君主主権と近代的な法治国家理念の折り合いをつけるために考案された公法理論の一つ。1871年に成立した後発近代国家のドイツ帝国において、すでに時代遅れになっていた君主主権を無条件的に貫徹することができなくなったので、経済権力を掌握している市民階級の要求する法治国家理念との妥協が図られ、国法学的には国家法人説という形で実質的に君主主権の温存が企てられた。この国家法人説の一環として君主主権と法治国家理念との妥協が国家と法の関係を説明する理論として主張されたのが国家自己制限説ないし国家自己義務づけ説Selbstverpflichtung des Staatesである。それによると、国家は法秩序を設定するばかりでなく、国家自身もこの「自己」の法秩序に服し、それによって法人格、権利義務の主体となる、とされた。それはイェーリングなどによって主張されたが、それを体系づけたのはイェリネックであった。彼は、19世紀のドイツ国家学の集大成といわれた『一般国家学』Allgemeine Staatslehre(1900)において、国家権力は無制限な権力ではなく、法的範囲内で限定される権力、すなわち法的権力であるので、すべての国家的行為は法的評価に服すると主張し、この理論を国際法にも適用した。彼によると、国際法の妥当根拠は国家がそれを承認する点にあるとされた。

 国家自己制限説は、確かに、半立憲主義体制下にあったドイツ市民階級の自由主義的要求を、国法学の解釈論理を最大限に駆使して充足させようとした点に、括弧(かっこ)つきではあるが評価される側面をもっていた。しかしそれは他面、国家権力、具体的には君主権力が法を定立し、それに自己を義務づけるという一種の擬制によってドイツ帝国に近代的法治国家の形式を与えることになったが、実際には君主権力は自己の存続に不利な法を定立しないがゆえに、それは君主の専制権力を弁護するイデオロギーの役割を果たすものであったといえよう。それはケルゼンHans Kelsen(1881―1973)によってそのもつ理論的矛盾が指摘され、ワイマール共和国になって国法学的にも否定された。

[安 世舟]

『G・イェリネク著、芦部信喜ほか訳『一般国家学』(1974・学陽書房)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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